ネオンが妖しく輝く街を抜け、路地裏を左に折れた場所に店はある。ドアを開ければしゃがれた唄声が響き、薄暗いホールの真ん中へ視線を向ければ彼女はいた。寂れた店の割に客足は良く、最前の席は半分以上が埋まっている。 男が後ろの席へと腰掛けると唄声の持ち主の瞳が動いた。視線が交わると彼女の口角が自然と上がる。男も微笑み返すと酒瓶に口付けて聞き入った。 『るてしいあけだたなあ』 最後の曲が終わると、彼女はステージから降りて客の一人一人に挨拶をする。客に触れられてもやんわりと断り、笑いながら見送り、後ろの席に来る頃には男しか残っていなかった。 「レイリー、さん」 「やあ、名前」 「今日も来てくださったのですね。ありがとうござます」 「私は名前の唄が好きだからね。この後、食事でもどうだろうか。この時間だと私の家になってしまうが…」 「喜んで。…私が作りますよ。何かお酒持っていきましょう。好きなのを選んでください」 緩やかな動作でレイリーの手をとるとカウンター席へと歩いていく。胸元から背中まで大きく開いたドレスを身につけている小さな名前を眺め、カウンターまで行くと適当な酒を選んで袋に詰めてもらう。彼女は着替えてくると一言残して裏へと入っていき、暫くして戻ってきた時にはパーカーを羽織り、ハーフパンツという先程とは違うカジュアルな服装になっていた。 「じゃあ、行きましょうか。今夜の掃除は業者に頼んであるので戸締まりすれば終わりです」 「ああ。…このギャップが一番いいな」 「え?なんですか?」 ぽつり呟かれた言葉に首を傾げる名前を見ながらくすくすと笑ってエスコートしつつ店を出た。鍵をかけると慣れた足取りでレイリーの家へと向かっていく。手を繋ぐわけでもなく、寄り添いながら歩く二人。 「……」 「……」 無言のまま家に到着するとドアを開いて先に名前を上がらせる。もう慣れたように部屋へと入っていき、電気をつけてキッチンへ行った。後を追うようについていくと手を洗っている。それを見たレイリーは後ろから抱き締め、手を伸ばして名前の手と一緒に洗い始めた。 「…こういうのは反則じゃないですか?」 「何がだね?」 「…無駄にドキドキしますよ」 「はは、ドキドキすればいい。そういう名前を見るのも好きだ」 率直ですね、と苦笑する名前は大人しく手を洗われ、その体勢のまま一緒に手を拭く。ようやく離れたレイリーは椅子へと腰掛けた。 「珍しいですね。キッチンにいるなんて。向こうの部屋のソファーじゃなくていいんですか?」 「今日はこちらでいただこう」 「ご老体に椅子はキツいんだと言っていたのをシャッキーから聞きましたけど?」 「君の前で老体になると思うかね?」 「…どういう意味です?」 口角を上げて妖しく笑うレイリーにぞくりとしながら一歩下がる。椅子が引かれ、ゆったりと立ち上がる姿を見ながら無意識に逃げ道を探す名前。視線が泳ぐのを見たレイリーはくつくつと喉で笑った。無駄だよ、と優しく囁きながら徐々に距離を詰めていく。 「夕食を、食べるんでしょう…?」 「君が夕食なら何も問題はない」 「私、何も食べてないんですよ…?」 「……」 「おなか、すいてますし!ほら、そんな獣みたいな目をしないで、」 「…全く…しょうがないな」 「…明日と明後日は連休なんですよ、業者に掃除を依頼したので」 「…?」 「だから、ごはん食べた後でも、明日でも、…ね?」 「…そうか、それはいいことを聞いたな。ならば、今は大人しく食事をしよう。何か手伝えることはあるかね?」 頬を染めた名前に嬉しそうに笑いながら尋ね、二人で食事を作っていった。 食後は部屋を移動し、ソファーでくつろぎながら紅茶を飲んで雑談する。手を軽く伸ばせば触れられる距離で、静かな部屋に響かないように小声でくすくす。食事の際のアルコールがそれなりに回り、互いにほろ酔い気分でゆったりと過ごした。 「…あ、もうこんな時間」 「おや…やはりこういう時間はあっと言う間だな」 「そうですね。…じゃあ、そろそろ、」 「さあ、おいで、名前」 にこり、と笑いながら手を広げて名前を誘う。アルコールのせい か頬がピンクに染まり、素直にレイリーの胸に飛び込んだ。鼻孔をくすぐる互いの香りを楽しむように暫く抱き合う。 「レイリーさん…」 「名前…、」 「…れいりー……さ……」 「…ん?名前?」 「… …」 るてしいあけだたなあ、ホールで客に聴かせる彼女とこの場で囁くように唄った名前は、レイリーに抱き締められたまま夢の世界へと旅立った。残されたレイリーは苦笑しながら起こさないように体勢を変えてソファーに横になる。 「…明日は覚悟しなさい」 そう呟くと、抱き締めたまま目を閉じた。 イメージソング/MERRY【月食】 |