赤犬の部屋は静かだった。


「……」

「…も…申し訳…ありません…」


普段は怒鳴られるだけで済むというのに今回は赤犬の機嫌が悪いのか、じっと腰を据えたまま平謝りする名字の姿を見やるばかり。


「……」


無言が恐ろしさを倍加させる。
本来ならば赤犬の怒りは名字の上司、青キジに向けられるはずだった。いつもの如く書類を片付けず、それを咎めようとした呼び出しも応じずに逃げている青キジ。
青キジの居場所を知っているのは仲の良い名字だと踏んだ赤犬は名字を呼び出し、冒頭に至る。いつもならば怒鳴り飛ばし泣かせる勢いなのだが…本当に機嫌が悪いようだった。


「……」

「申し訳ありません…私も、居場所知らな…」

「…嘘はいけんの」

「嘘、なんて…」


名字は赤犬の目を見ることが出来ない。今日だけは友人の青キジをゆっくりさせてあげようと心に決めて此処に居るのだ。射抜かれるような眼を見てしまったらその決意も、秘めた想いも見透かされてしまうような気がして俯いたまま。


「…名字」

「…はい」

「クザンを庇ってどうする気じゃ」

「…庇って、」

「庇っているだろう…!」

「…!」


据えていた腰を上げ、カツカツと名字に歩み寄ると震えているのがわかった。更に近寄れば、すみませんと言いながら逃げるように後ろへ下がる。壁際まで追い詰めれば慌てたように赤犬を見上げた。


「…赤犬さ…!」

「口を割らん名字が悪いんじゃ」


肩を壁に押し付けて顎を捕らえる。逃げ場の無い名字は近付いてくる赤犬をただ見ていることしか出来なかった。


「…ん…!」


触れる瞬間に目を瞑れば想像していたのと違う、柔らかな唇を押し付けられた。優しく口付けられたのだと理解すれば途端に赤くなる顔。赤犬の肩を押し返して息をするように口を開けた。


「っあ、かい…ん、ぅ…?!」


少し開けた口から舌が割り込み、先程とは反対の荒々しい口付け。熱い舌が絡み合い…


「あー!ちょ、サカズキ!名前ちゃん!」


…離れた。


「ん…は、はぁ…っ!」

「…何じゃ、邪魔するんか。部下に全部押し付けて逃げちょったくせに」

「それとこれとは話が違うじゃないの。ちょっと、名前ちゃん大丈夫?」


青キジは肩で息をする名字を赤犬から奪い返し、顔を覗き込む。あらら、と呟いて赤くなっている名字の頭を撫で溜め息をついた。


「…こんな何も知らないような子襲うなんて」

「全部お前が悪い」

「…そうだ、青キジさんが悪い」

「名前ちゃんまで…!」

「…クザン、お前はもういい。さっさと出てけ」

「(よっしゃお咎め無し!)…はいはい」

「その代わり、名字は残って続きじゃァ」

「……全部、青キジさんのせいですからね」

「え…ちょ…」

「溶かすぞ」


名字が口付けに応じたその時、想いに気付いた赤犬は青キジへの怒りは何処かへ行ってしまったらしい。青キジを部屋から追い出して、まだ赤い顔の名字と二人きりの時間を過ごした。




全て青のせい




(…それで、名字。何で奴を庇っとったんじゃ)
(…昨日嫌なことあったみたいだったから…)
(…優しいな。わしはそんな名字を好いてしまっているようじゃァ)
(…私も、何度も怒られるうちに何だか惹かれてしまいました)
(…これからは控える)
(ダメです。叱っている赤犬さん好きだから…)
(…!)
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