メルヘンと言えば可愛いけど



手には良い香りのするロールパンに新鮮な苺が入ったカゴ、優しい色合いのふわふわエプロンドレスを着て頭には赤い頭巾。…なんて童話のような格好とは正反対な格好をしている私は一人ふらりと小道を歩いている。足元はガチガチのセメントの塊ではなく、砂の上に青緑色の草花が茂っていて空は太陽さんさんではなく、雲がどんよりとしていた。




「お嬢さん、お一人ですか。」



目的なんてなく、ただ歩いているだけ。周りには人の気配もなくて何故だか心地よかったのも束の間、低い優しい声が耳へと入り驚いて後ろを振り返れば両手で頭を押さえた男が一人、いた。




「お一人ですか?」



「どう見ても一人しか見えないと思うけど。」




「ふふ、そうですね。久々に人を目にかけてパニックになったみたいです、頭が。」



「だから頭をおさえているの?」



「ええ。」




そうにっこりと微笑んだ男は立ち止まる私に一歩、二歩と近づいてきた。初対面なはずなのに違和感も緊張感もなくてすんなりと受け入れている私に少し驚いた。



「どこへ向かっているのですか?」



「どこに…かはわかりません。ただ歩きたいだけで」



「ほう、では私もご一緒してよろしいでしょうか。」



「貴方が良ければ、」




相変わらず頭をおさえている彼は本田菊と言うらしい。彼についてはそれだけしか教えてくれなかったけど彼は物知りで色んな事を教えてくれた。話が弾み、だんだんと彼に対して親しみを感じていた反面、彼に対して何か恐れみたいなものも感じた。くすくすと笑うのに笑っていない。優しい顔をしているのにどこか冷たい彼はまるで人間じゃないみたいだった。





「ああそうです。私の家、近くにあるのですが来ませんか?」



「あー…いいえ、遠慮するわ。」



「美味しい茶菓子もありますよ。」



「私はまだ歩いていたいから、」



「そうですか。残念ですねえ…」



「っ?!」



今までの彼の顔がガラガラと音をたてて崩れていった気がした。穏やかなイメージから一変して妙に色っぽい彼の頭には黒い毛の生えた…耳。いや、耳な訳がない、人間の耳は顔の側面にあるものだ。




「せっかく親しみを持てるように頑張ったのですが…時間の無駄、でしたかね」



「なっ」



「おや、気になりますか?私の耳。」



「み、耳なのねやっぱり…。」



ははは、と乾いた笑いを発しながら薄ら笑いを浮かべる彼からゆっくりと離れてみるが一歩で距離を詰められ、手首でも肩でもなく正面から首へと伸びる彼の白い手を避けることもできず、私の首筋に鋭い爪が刺さった。そんなか細い腕のどこからこんな力が出るのだろうか。苦しい、息をするのが難しい、気持ち悪い。




「っ、」



「メルヘンチックで可愛いでしょう?なまえさんこういうの、お好きですか」



「どっ、どこ…がメルヘン…です、か、」



「ねえ、なまえさん。」



「っ」



「このまま引きずられるのと、大人しく着いてくるの…どちらが良いでしょうか?」




そう笑う狼のような彼の顔を最後に見て目を閉じた。



次に目を開けた先に見たのはやはり見慣れた自室の天井で、長く続く小道は夢の中へと消えていった。





メルヘンと言えば可愛いけど
(ああ、また変な夢を見ちゃった。)


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ニホンオオカミ復活企画プランAさまに提出した作品。本当はギャグ予定だったんですが何故かこうなった。


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