正しい人助けの仕方 | ナノ

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池で鯉を見ていた。

始めに依頼を申し込んで来たときの杉原の発言が、鍵になった。

開盟学園では、去年から池では鯉を飼わなくなった。

それは開盟学園の常識だった。

しかし立て看板がある。

きっとそれを見て、勘違いするのは、転校生だけ。



『杉原くんがわざわざ部室に来て、裏庭の警戒を呼びかけたのは
わたしたちを裏庭におびき寄せるため』



淡々と語るニックネーム。

それには妙に、説得力があった。

しかし、ニックネームの頭の中にはまだ迷いがあった。

果たして、どうなるか。



『標的はスケット団
そして、それを命令したのが城ヶ崎くんでしょ?』

杉原「……!!」



一瞬、杉原の表情が曇るのをニックネームは見逃さなかった。



杉原「じょ…城ヶ崎だって?
知らないですよ、そんな人!!
大体ボクは転校して来たばかりで…」

[キミの過去を調べて来た]



―――杉原哲平
   キミは小学校の頃、この辺の土地に住んでいた
   城ヶ崎は当時の同級生だ



スイッチの情報が、最後の鍵になった。

城ヶ崎の過去に、杉原が関わっている。

もしかしたら、城ヶ崎のイジメを、争いを嫌う弱者である杉原が受けていたのではないかと。



それは



杉原「そうか…もう
何もかもお見通しというわけですか」



紛れもなく



杉原「そう…ボクはキミ達にペンキをかけようとしてたんです
城ヶ崎に命令されて」



―――ボクは昔…城ヶ崎からいじめを受けていました



悲しい事実だった。















城ヶ崎が小学校の頃、標的にイタズラをして逃げるという遊びが流行った。

それに、杉原も巻き込まれていた。

弱い杉原は抵抗しないとでも思っていたのだろう。

拒否された城ヶ崎は、杉原をいじめ始めた。


引っ越しをきっかけに、杉原に訪れた平穏。

元々の温厚な性格は消え、関わりが少ない、無口の少年になってしまった。


しかし悪夢は繰り返される。


高校でいじめは再開されたのだ。



『自分でかぶったのは、事件のカモフラージュ
同じ事件が二回以上起きれば、誰も被害者との関係から犯人を捜したりしない
しかも自分が最初の被害者になれば、疑われることはまずない』

ヒメコ「(うーん
そういうことやったんか)」

杉原「スゴイ人ですね、キミは
全部、その通りですよ
ボクはキミ達の活動を…人を助けようとする気持ちを利用して、チャンスを作ろうとしたんです」



今にも泣き出しそうな、震えた声を必死に紡ぎだす杉原に、ニックネームは何も言えなかった。

悲しい、悲しすぎる過去。

つらかったに違いない。



ヒメコ「でも、何でや?
何でそないしてまで城ヶ崎の言いなりにならなアカンねん」

杉原「確かにこんなくだらないことで…って思うでしょう
だけど―――ボクにとってはこれが大問題なんですよ
笑っちゃうでしょ?」





『笑わないよ
全然おもしろくもない』

ヒメコ「ニックネームはこんな部活を作るほどの変なヤツや
でも、それはアンタみたいなヤツの力になりたいと思てるからやねんで
端から見れば、ちっこいと思う問題でも
真剣な顔で悩んで苦しんどるヤツのな」



―――弱気になったらアカン。



ヒメコが逆らうくらいすればいいと言う。

ああ、ダメだよヒメコ。

それはダメだ。



逆らってはいけない。

平穏に、学園生活を送るには、立ち向かってはいけないのだと。

エスカレートしないよう、逆らわず、なるべく人と関わらず、何とかやり過ごすしかないのだと。

杉原は、遂に泣き出してしまった。



それを見たニックネームは、目の前のペンキを―――迷いなくかぶった。



ヒメコ「ええ!!?ニックネーム!!!
何しとんねんアンタ…怖っ!!!!
赤いペンキごっつ怖い!!!」



スイッチに借りた制服が、まさかこんな形で役に立つとは。

赤いペンキで汚れた顔を上げて、ニックネームは真っ直ぐ杉原を見た。



『勇気を出してとか、立ち向かってとか、そんな無茶は言わないよ
それが無理だったから、ここまでの事をしたんでしょう?
ちゃんと、分かってるよ』



―――でも、だったらわたしに言えばいいでしょ?



『ペンキをかけたかったらそうやって言えばいいでしょ?
友達が困ってるなら、スケット団は助けるよ!!』



ペンキくらい、いくらでもかぶってやる。



そう言い放ったニックネームの瞳には、強い意志が宿っていた。



(ああ、ボクは…)



杉原「ボクは…友達をだましたのか…
ボクは…!!」

『泣かなくていいよ、杉原くん
生まれ変わるんでしょう?』

杉原「え?」



友達、部活、他にもこれから色々

新しいものが始まるんだよ。















ヒメコの活躍により、城ヶ崎とのケジメをつけた杉原は、バスケットを始めた。

興味があるもの、好きな事を始めるため、入部したらしい。


それを聞いて、ニックネームの中に最初からあった不安が、無くなった。

杉原の人間関係は―――もう大丈夫だろうから。

しかし、少しながらスケット団への入部を望んでいたニックネームは、へこんだ。

そんな時、珍しく依頼が舞い込んだ。

それは昨日ヒメコが頑張り過ぎて、破壊してしまった倉庫の補修作業だったのだが。



(よかったね、哲平くん。)



スケット団のマークが描かれたリストバンドに、ニックネームは、呟いた。

きっと、それは届いただろう。


―――新しい一歩を踏み出した、生まれ変わった勇気のある友達に。