中篇 | ナノ

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天城大地の中で、みょうじなまえは分からない存在だった。


神童と霧野のクラスメイトで、瀬戸の友達のわりには、目立つようなタイプでも、普通の女子のようにミーハーでもなかった。

寧ろ、サッカー部と関わるのを避けているようにも見える。

そんなみょうじなまえは、至って普通の女子なのに、何処か並という器では納まり切らない何かがあるのだと思う。

それが何なのかは、天城には分からなかったが。


最近分かったことだが、みょうじは面倒味がいいというか、自然と人が寄ってくるような人柄らしい。

誰にでも分け隔てなく接しているからだろう、常に誰かが周りにいるのだ。



「なまえさん!」
「葵ちゃん、どうしたの?」
「た、助けてください!」
「何かあったの?」
「さ、さっき部室で…!」
「部室で何かあったんだね
とりあえず葵ちゃん、落ち着こうね、ほら、深呼吸深呼吸」



今もほら、何かあったらしい一年のマネージャーが、一番に頼ったのはみょうじ。

山菜も瀬戸もいるのに、だ。



「と、とりあえず、来て下さい!すぐに!」
「うん、分かったよ
じゃあ、……水鳥、茜、ちょっと準備の方宜しく」
「なまえ、あたしも行こうか?」
「……大事だったら呼ぶね」
「お、おう」



一年マネージャー空野の慌てように、皆が段々とそちらに振り向く。

なんだなんだ、と野次馬みたく群がろうとする皆を、神童が一喝して制した。



「何が起こったんだど…?」
「さあな、」



暫くすると、空野を引き連れて戻って来たみょうじは、必死な顔で叫んだ。



「練習中すみません、
更衣室のロッカーが倒れて、一年生二人が犠牲になっています
先輩方、力を貸してください」
「なんだって?!」
「更衣室のロッカーって…相当デカくないか!」
「と、とにかく全員集合!」



大事件が起こっていた。

生憎、顧問も監督も、用事で遅れると連絡が入っていた。

天城は思わず身構えた。

こんな大事件、中学生の俺たちだけで、どうやって解決しろって言うんだど。



「そういえば、三国さんは今日は休みだ…!
だからDFを主体として、下から押し上げましょう
それから何人かで一年を引っ張りだす!」
「そうだな!」
「おいDF!早くしろ!」



続々と更衣室へ向かっていく仲間についていくと、一年生の苦しそうな声と、指示を出す神童の声が妙に大きく響いていた。

嗚呼、本当にヤバい状況なんだど。

天城が皆の傍に駆け付けると、辺りを見回していたみょうじが駆け寄ってきた。



「天城先輩!
必殺技とかで、なんとかなりませんか…!」



みょうじが必死な顔で、そう天城に言う。

すると、皆の視線が天城に集まる。

俺がやるのかど?

当たり前だ、一大事なのだから。

それに、自分が一番力がある。

分かっている。

分かっているのだけど、天城が意を決して突き出した両手には、ただ冷や汗だけが増えていく。

窮地に追いやられた状況で、天城には成功させる自信がなかった。

だって、普通はサッカーの為に使うのであって、こんな危機的な状況に、使う機会なんて今回が初めてだ。



「天城先輩一人だけじゃ…」
「一人じゃ無理です!
でも、皆さんでサポートすれば絶対出来る!
サッカーはチームワークでしょう?!」
「おう!」



みょうじの声で、自分の周りに皆が集まる。

不思議だ、皆がついてる。

そう考えるだけで、力が湧いてきた気がする。



「頑張ってください!天城先輩!」



その、みょうじの言葉が引き金になり、天城は力強く両手を突き上げると、強く念じた。



「ビバ!万里の長城!!」















**********



「先輩方、ありがとうございました!
それと、申し訳ありませんでした」



無事、一年生二人を救出に成功。

今、一年生二人は山菜や瀬戸、空野に手当てを受けていた。

倒れてきたロッカーと、ベンチの隙間に入り込めたのが幸い、大事には至らなかったが、かすり傷が目立ってあった。


サッカーは出来る。

ほっと一安心。

皆が肩を撫で下ろしていると、みょうじが皆の前で頭を下げた。

なんでだど。



「なんでみょうじが謝るんだ」
「仲間のピンチは助けるのが当たり前だろ?」
「ロッカーを床に固定していたネジが、錆びて緩んでいたらしいんです
掃除の時に、私たちが気付くべきでした」



誠実。

天城にはその言葉が、今のみょうじに誰よりもふさわしい気がした。

二年の主席らしいから、真面目なんだろう―――今のみょうじは、誰よりも真剣だった。



「何もマネージャーだけの責任じゃないさ」
「みょうじ、気にしすぎだって」
「それに、みょうじさんが素早く知らせてくれたから、二人はこうして助かったわけだし」


「そうだど、みょうじは悪くないど
俺はさっきみょうじに勇気をもらった!
だから、二人をたすけられたんだど!」



思わず、天城は叫んでいた。

皆が驚いて振り返っていることなんて、関係ない。

部室を利用しているのはサッカー部全員だし、責任はマネージャー―――みょうじだけのものじゃない。

それに、頑張った人が報われないのが、天城は気に入らなかった。



「みょうじはいつも頑張ってるど!
だから、俺たちは責めたりなんかしない!
寧ろ感謝してるんだど!」











SUCCESS!

つまり、みょうじなまえは、誰よりも誠実で、仲間想いで、優しくて、頼れる、マネージャーなのだ。


(たいちゃんの役立たず!
なんで休んだのよ馬鹿!)
((何があったんだ?!))