中篇 | ナノ

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放課後の部活動が行われているはずの時間。

今日は部活関係で頼まれた仕事はないから、わたしはいつも通りに今日中に済ませるべき仕事を少しだけ早く着々とこなしていた。

もうすぐで、一段落するという頃。



「みょうじ先生!」
「あれ、……どうしたの円堂くん
今、部活の時間じゃあ‥‥‥?」



職員室の扉を慎重に開けたと思ったら、入るなりいつものハイテンションでわたしの元へ駆け寄ってきた円堂くん。

わたしは、妙に懐かれたなあと気楽に考えていると、明らかに厄介払いをするように、学年主任の先生が右手を振った。

顔にははっきりと面倒と書かれている。

所謂、しっしっていうヤツだ。



「ちょっと来て下さいよ!」
「あ、うん ‥分かった」



とりあえず、立ち上げていたパソコンはデータの保存だけして、電源は切ってお
く。

節電、節電って、みんなうるさいから。

早くと急かす円堂くんに、わたしは黙ってついていくことにした。

何か、あったのかな。

わたしは、もう何十年も前に見た記憶を巡らせながら、足を急がせた。















「あ、みょうじ先生」
「あれ、木野さん?」
「木野もサッカー部員なんだ」
「マネージャー、してるんです」
「そうなんだ」



わたしが連れていかれたのはサッカー部の部室で、そこには失敗したのか、何枚も丸めた紙が、散乱していた。

それにしても、二、三日前までは物置小屋になっていたこの場所が、見違えるように、綺麗になっていたのが、一番驚いた。

彼の底なしのやる気と根性と、木野さんの女の子らしい気遣いで、なんとかなったんだろう。


女の子特有の、柔らかい笑みを浮かべた木野さんは、「みょうじ先生、お願いが
あるんです」と、口を開いた。



「わたしに?」
「先生に書いてもらいたいんだ!」
「……貼り紙?」



円堂くんが、両手に持って広げていたのは、何かの文字が書かれた紙。

まるで暗号のようにも見える字は、ただ単に汚すぎる字らしく、頑張れば解読出来そうだ。



「えーっと、……」



………無理だった。


わたしが、暫く唸りながら貼り紙の解読に格闘していると、こっそり木野さんが耳打ちをしてくれた。



「(部員募集中!って書いてあるんです)」
「(あ、そうなんだ)」



優しいなぁ、この子。

お礼の気持ちを込めて笑いかけると、木野さんはこれまた素晴らしい笑顔を返してくれた。

可愛い……!



「部員募集ね」
「そうそう!
俺、字汚いからさ
先生なら、上手に書いてくれるかなぁって」
「みょうじ先生の字、すごく綺麗だからって、円堂くんが」



「そうそう!それに先生の授業、分かりやすくてさ!俺、理科大好きになったぜ!」というような調子で褒められれば、気分が良くなるのは当たり前で。

わたしって、なんて単純なんだろう。



「よし、こんなもんかな」



新しい紙と、ペンを受け取ったわたしは、一発で書き上げた。

「部員、求む!」と紙に大きく書くと、両手で広げて二人に見せる。



「部員、求む…?」
「あ、……
言葉、勝手に変えてごめんね……?
戻そうか?」
「いいや!全然!
なんか、こっちの方がかっこいいよ!
な、木野?」
「うん!」



ストーリーだと、「部員、求む!」って書いてあった気がしたから、わたしはそう書いたのだけど。

予想以上に、気に入って貰えたようだった。



よかった、と一息ついていると、何やら外で物音がした。

円堂くんと木野さんは、よっぽど気に入ったのか、大事そうに紙を持ちながら、何処に貼ろうかと相談していた。

あの、そんなに喜ばれると、………先生照れるんだけど。



気付いてない二人は放っておいて、わたしは入り口に手をかけて、ゆっくり開いた。



「あ、……
染岡くんに、半田くん…?」
「あれ、みょうじ先生?
担当、サッカー部だったっけ?」



初期雷門イレブンに必要な二人が、何かを決心したかのような凛々しい顔つきで、入り口の前に立っていた。

もしかして、入部するのかな。



「わたし?
わたしは、野球部顧問だけど」
「じゃあなんでサッカー部の部室にいるんだよ?」
「え、居ちゃ悪かったかな」



傷ついたー、と口にすると、焦ったように染岡くんが「いや、別にそういうわけじゃなくて…」と、弁解を始めた。



「うん、普通は担当じゃない部活には顔出さないもんね
ちょっと頼まれごとで来ただけだから」
「へー、」
「もう、半田くんいい加減に敬語使いなさい
前も注意したでしょう?」
「ごめんなさーい」



空気を読んで、部室を退場したわたしは、少しあとに円堂くんと木野さんの叫び声を聞くことになる。










躍世界

(ストーリーは、順調なようです)