鈴の音
夏口の戦で、唯一の肉親である父上を失った。
駆け付けた時には時既に遅く…その変わり…
リィン...
鈴の音が、響いていた。
「甘寧が呉に!!?」
「そぅだ。奴の力は呉に必要だろう。…凌統、辛いかもしれんが…」
「…っ。…殿が、決めたことなんですか…?」
必死に怒りを抑えた声で呂蒙殿に問い掛ける。
「あぁ。これは“決定”だ」
その瞬間、俺は世界が閉じた様に感じた。
それから数日が経って。甘寧は正式に呉の武将となった。
殿への謁見が終わり、早々に部屋へ戻ろうとした時、呂蒙殿に呼び止められる。
「凌統、ちょっといいか」
「…何です?」
「今日、俺の邸で宴をやるんだが…お前もどうだ?」
「…そんな気分じゃないんですけどね…」
「たまにはいいだろう。待っておるぞ」
「…はぁ」
肩を軽く叩き呂蒙殿は行ってしまった。
あまり行きたくないな…。それに、甘寧の奴も来るのだろう。そう思うと、益々行きたくない。だが…。
「宴…か…」
ふと俺はあることを思い付いた。
上手く行けば、仇が討てるかもしれない。
甘寧が降ったからといって、簡単に諦めることなんて出来やしなかった。もしかしたら、死罪かもな…。だが、奴を殺れるなら死んでもいい。
復讐の炎を瞳に宿しながら、俺は部屋へと戻っていった。
夜。宴が行われている呂蒙殿の邸へ俺は向かっていく。中へ入ると、既に宴は始まっていた。
「おぉ、凌統。よく来てくれた」
「すいません、少し遅れました」
「いやいや、気にするな。まぁ飲め」
「じゃあ…いただます」
呂蒙殿の隣に座り、貰った酒を少しずつ飲む。
―…酔ってはいけない。奴を殺す機会を逃してなるものか…!!
甘寧は離れた所で他の武将と飲み比べをしている。
俺はその様子を殺気を込めた目で睨み続けた。
大分皆の酔いが回ったとき、ある武将が言った。
「どうでしょう、誰か出し物でも如何か?」
「そういえば、凌統殿は周瑜殿に引けを取らない程剣舞の達人だとか…」
その言葉で一斉に視線が俺に集中する。
「えぇ…まぁ…」
「それは素晴らしい!!どうです、一曲ほど…」
「構いませんよ。少々お待ちください」
細剣と衣装を借り、髪止めを外す。そして、侍女たちが奏でる音に合わせて舞い始める。優雅に、時に力強く。
「おぉ…」
「素晴らしい…」
その場にいる武将は全員、俺の舞いに見入っていた。勿論、あいつも。
だからこそ、気付かれなかったのかもな…。
俺の本当の狙いを…。
瞳に憎しみを込め、一気に間合いを積める。
細剣を振り上げ、俺は甘寧に斬りかかった。
父上の仇…今、ここで討つ!!
ガキィン...!!
だが、甘寧はそれに気付いていたようで隣に置いてあった愛刀で俺の攻撃は跳ね返された。
「こんなもんで、俺をやれると思ってんのかよ」
「黙れっ!!お前は俺が殺してやる!!」
「そうかよ。だったら俺も手加減しねぇぞ!!」
次こそは仕留めるつもりで剣を振る。甘寧も攻撃体制に入った。―…しかし。
「馬鹿な真似は止めろ…」
「おっさん…」
「呂蒙殿…」
俺たちの間に呂蒙殿が止めに入る。その場は一気に静まり返った。その静寂を破ったのは、呂蒙殿の言葉。
「どうやら飲みすぎた様だな、凌統。少し酔いを冷まして来てはどうだ?」
「…。…わかり…ました…」
「………。」
呂蒙殿に言われた通り、俺は俯きながら静かに外へ出ていった。
「さぁ、まだまだ酒はたくさんある。皆、宴を再開しましょうぞ」
その言葉で皆はまた飲み始め、宴は再開された。
「…父上…」
呂蒙殿の邸から少し離れたところにある池を覗き込むように座り、俺は一人涙を流していた。
仇を討てない不甲斐なさと悔しさから、涙は止まることを知らない。
「何故…何故俺を置いていったんですか…父上…っ」
父上と同じときに死にたかった。一人なんて…もう嫌だ…。
夜風が冷たく吹き付ける。その時だった。
リィン...。
場違いなほど澄んだ鈴の音が響き渡った。瞬時に後ろを向けば、立っていたのは憎い相手。仇。甘…興覇。
「何泣いてんだよ。そんなに俺がやれなくて悔しいのか?」
「くぅっ!!…っ…何しに来た…」
突然顎を掴まれ無理矢理上を向かされる。暴れたくても力の差は歴然で、押さえ付けられれば無駄な抵抗に終わった。
今俺にできるのは、奴を睨むことだけ…。
「…。その目だ…」
「何が…っ!!」
「夏口の時から、その目が忘れられなくてよ…堪らねぇ…」
「…っ!?んんっ…っ!!」
甘寧の顔が近付いたと思うと、口に何かが触れた。それは一瞬で離れたが、思考が追い付かないままもう一度口が重なる。今度は中々離れず、苦しくなって甘寧の身体を押し返した。
「…っ!?ぁ…あんた…何すんだよ!!」
「言っただろ、気に入ったって。俺のもんになれよ、凌統」
「ふざけんな!!あんたは仇でしかないんだ…っ…俺が必ず殺してやる…!!」
思い切り甘寧の手を払い除けると、俺は足早に呂蒙殿の邸へ戻っていった。
それ以来、甘寧は俺に付きまとうようになった。
軍議の時、食事の時は隣に座り、執務は何故か一緒にやろうと言い、夜は酒を持参で家に来る。
―…気が狂いそうだ…
「凌統!!」
お前が気安く名前を呼ぶから。
お前が気安く笑顔を向けるから。
―…気が狂いそうだ…
俺は、お前を憎まなければならないのに…。
お願いだから…そんな風に笑わないで…。
リィン...。
ほらまた、鈴の音がする
リィン...。
俺の中に染み付いて離れない
リィン...。
忌々しい筈の、鈴の音
リィン...。
憎かった筈の、鈴の音…。
END
あとがき
前のサイトから持ってきたものです。
初めて書いたものという記念に。
正直ものすごく恥ずかしい...
その内書き直すと思います。