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It's the beautiful moon.



 数時間前まで空を彩っていた橙はすっかりなりを潜め、黒が空を覆っていた。今日は一日中晴れていたお陰で雲はなく、無数の星々と満月に少しだけ足りない月が煌々と自己主張をしている。そういえば昨日は十五夜だったな、と忘れ掛けていた事柄を記憶の引き出しから引っ張り出してみた。


 醜い部分を見せずに、ただ美しい部分ばかりを世界に晒す月は、実に秀逸だと思う。光をふんだんに受けて輝く表側と、光を受けずに歪なクレーターの数々を隠すように存在する裏側。地球の公転と月の自転が同期している為に、月の裏側を地球からでは永久に見る事が出来ないだけだという事くらいは知っている。ただ、それだけシンクロ出来る上に、美しい自分だけを晒せる事自体が羨ましいのだ。
 自分もそうなれたのなら良かったのに。醜態なら全て、たとえ彼に対してだって隠蔽してしまいたいのだから。僕はテーブルの上に放置していた携帯電話を手に取りつつ、帰りの遅い彼の事を考えた。何だか遠距離恋愛中の彼女みたいな自分が居て、笑える。


「ただいま、どれすとさん」
「…S!Nくん、…お帰り」
「電気ぐらい点けましょう?部屋、真っ暗じゃないですか」
「月が、綺麗だったから」
「…そうですね、今日の月は一段と綺麗です」


 電話でも掛けてみようかと思っていた所に、タイミング良く彼が帰宅した。いつもより優しげな眼差しをした彼は、窓枠によって切り取られた空に浮かぶ月へと視線をやる。揺れる長い睫が、月の光を受けてキラリと煌めいた。
 月より余程、きみの方が綺麗なのだけれど。彼の言葉を受けて生まれた呼応の言葉は音にせず、心の中だけで紡ぐ。音にして伝えてしまったら彼はきっと、誘ってるんですか、なんて言い出すだろうから。そのまま彼に乗せられて、あれよあれよとインモラルな雰囲気が生成されてしまう事は目に見えているのだ。
 だがしかし、そんな俺の思考を見透かすように彼が僕と視線を合わせるから、どくんと高鳴る胸の鼓動。僕は一体どこの乙女なんだ。なに?、と一言零して、僕は彼の瞳を見据える。その次に発せられた台詞が持つ意味に気付いた時、僕はどんな顔をしていただろうか。彼の長く男らしい指が、僕の顎を捉えた。


「月が、綺麗ですね」


 嗚呼、彼は、こんな僕でも愛してくれるみたいだ。(あなたを愛しています)






あとがき
初S!Nどれは難しかったです。


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