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もうひとつの罪



 現実味の得られない夢幻のような情景の中心に佇むのが、暫く会っていなかった彼なのだという事はすぐに分かった。普段と雰囲気は多少違えど、あの独特の優しさを醸し出す彼を俺が分からない筈がない。なんていう少しの自惚れが脳内を掠めたが、その感情を消し去るようにぎゅっと一瞬だけ強く目を瞑った。ついでに今し方告げられた言葉ごと消え去ってくれと、俺は切に願った。


「…なん、だよ、堕天使って…どういう、事だよ…っ!?」
「そのままの意味だよ、ぱちー。俺は堕天使。罪を犯した代償として、翼をもがれ天から追放された者。…でも天使って天界以外じゃ短命でさ。だから幾ら堕天使でも、下界じゃそう長く生きられないんだ」
「…だから、消えるって?何それ、馬鹿みたい」
「ハハッ、そっか、やっぱ信じられないよな。こんな厨二臭い事、そう思われて当然、だよな」


 彼の乾いた自嘲が冷たい部屋に響き、刹那消え去った。彼は辛そうに眉根を下げながら、痛々しい作り笑いをして見せる。そんな偽物を俺は望んでいないというのに。彼はそれを、誰よりも一番知っている筈なのに。何で、何かそんな顔してんだよ。挙げ句の果てに彼が「ごめん」なんて言葉を吐き出すから。俺は彼を信じずにはいられない。
 ふわり。俺を包み込んでくれる温度は少しだけ冷たくて、だけど温かくて。良く分からない曖昧な彼の体温に、俺は涙が滲むのが分かった。俺自身の本能が、きっと彼との永久の別れを悟ってしまったのだろう。じわじわと視界を霞ませるそれはいつしか頬を伝い、それから彼の服を濡らしていた。泣いたら彼を困らせてしまう事は必至だというのに、涙を止められない自分が煩わしい。


「泣かないでよ、ぱちー」
「…だってもう、会えなくなるんだ、ろ…?」
「大丈夫、きっとまた、会えるよ」


 気が付けば、真っ黒い羽が宙を舞っていた。それは背景の碧空を塗り潰すように、しかし彼の肩翼だけじゃ空を漆黒にするには足りなくて数多の羽は床に落ちる。黒の間から零れてくる光だとか青さだとかが、レンズ越しに俺の目を焼いた。


 大好きだよ、ぱちー。彼がそう囁いたと同時に、俺の唇に熱が触れた。とてもとても、寂しいキスだった。嗚呼、相変わらず嘘を吐くのが下手だなあ。熱に浮かされる脳内の隅っこで、そうぼんやりと考える。何故か、涙は止まっていた。
 唇が離れる。彼の姿が、まるで靄でも掛かったかのようにぼやけて見えた。それが涙の所為なんかじゃない事は最早明白で。眩い光に包まれる彼を抱き留めようと伸ばした手が、虚しく彼をすり抜けてゆく。「さよなら、あいしてるよ」、彼の口元がふっと綻び、俺の大好きな声が遠くからそっと、聞こえた。




( 俺が犯した大罪は、人間を、君を愛した事。それから、これから先君を苦しめてしまう枷を残してしまった事 )









あとがき
まゆくんの堕天使ネタより。「きみが零したなみだの音が聞こえた」のぱちーくん視点です。決して結ばれないと知っているの。



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