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フォークで突き刺した愛



 ぐさり。それを音として言葉で表現するのならば、正しくそれだった。ボクが今し方買って来たショートケーキを彼女は食べ易く切るでもなく、いきなりフォークで一刺ししたのである。はあ?と小さく驚愕の声を漏らしたボクを余所に、彼女は気怠く「つまんなあい」と一言呟く。彼女の甘ったるい声がボクの鼓膜に纏わり付いて、不快だった。


 彼女はそう、例えば彼女に盲目的な愛を捧げる奴が居たとして、そいつを笑顔で蔑むだろう。相手がどれだけ素晴らしい物を貢いだとしても、彼女はただ鬱陶しがるだけ。何せ彼女は、かぐや姫や八尾比丘尼なんて存在ではないのだから。彼女は一介の少女。少しだけプライドが高くて、気紛れで、はっきりとした人格を持つ、ただの人間なのだ。


「ねえ、ちょっと、何してくれるのさ」
「だって」
「あのさあ、そんなに我儘だとボクだって嫌いになるよ、きみの事」
「ふふ。でもユメトくんはわたしの事、心の底から嫌いになんてなれないわよ、きっと」
「なに、その自信はどこから来るの」
「わたし、ずっとずっとユメトくんの事を見てるのよ、分かるわ」


 呆れた。にっこりと笑んだ彼女は楽しそうにフォークを弄んでいる。こんな歪んだ愛し方しか知らない女にボクの事を理解されるだなんて、堪ったもんじゃない。そもそも別個体として生きている人間を、完全に理解する事など不可能だろうに。
 無意識の内に芽生えていた苛立ちを隠す事なく、ボクは舌を鳴らした。明らかに舌打ちをされたのに、彼女は相変わらず笑顔を崩さない。こういうタイプは分かり辛いようで実は分かり易い。心の内なんて大体読み取れるのだ。どうせ愛だ何だと嘯く傍ら、好きな物の事しか考えていないに決まっている。その癖、相手の頭の中を自分で一杯にしたくて仕方がないどうしようもなく厄介な人種。そしてそれは、ボクがこの世界で一番嫌いなタイプだった。


 そうだ。ボクはずっと前から、きみの事が大嫌いなんだよ。


 ふふ、と蠱惑的に、幽鬼的に、小さく声を漏らして笑う彼女を一瞥して、ボクはショートケーキに手を伸ばす。あーあ、こいつも同じくらい素朴で自己主張が強くない、素直な子だったら良かったのに。クリームの上にちょこんと載った、真っ赤に熟れた苺が可愛らしい。あ、そういえばチセちゃんの唇、苺みたいに赤くて可愛かったなあ。ちゅーしてみたいなあ。
 ボクは苺の脳天に刺さった小洒落たフォークを抜いて彼女の目の前に投げた。あは、全然びっくりしてないや。きみ、本当に可愛くないよ。彼女はやっぱり、ただひたすらに微笑むだけだった。それはもう不気味なまでに淑やかな笑みを湛えるその裏で、渦巻いているどす黒いものを隠す事もなく。
 媚び諂う事すら出来ないこの女は、ボクからの愛を得る為に明日も狂気を振り撒くだろう。それがどんなにボクの胸奥を危なく燻らせているのかも知らずに。








あとがき
腹黒いユメトくんは中々のお気に入りです。


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