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あかい夢



 わたし、あなたを愛していたわ。それは確かに真実で何人にも覆す事は出来ないけれど、でもそれは、現在進行形じゃないのよ。あくまで過去の話であって、厳密に言うのなら昨日の夕方までなのよ。分かるかしら?
 彼女は俺が大好きな表情でそっと、俺を突き放す言の葉を紡いでいった。それは鈍器とか刃物とか、そんな直接的なものではないけれど、例えるならば針のように幾本も心を貫いてしまえる代物だった。俺は体の良い針刺しなんかじゃないんだけどな。どれだけ無言で呟いてみたって、やっぱり彼女に届く事はないのだろう。俺の心が切れて裂けて破けて、あの赤い液体がもし全て流れ出ていったって、彼女はきっとその赤の中から汲み取る事は出来ない。彼女はまた、言葉を続けた。


「だけどね、あなたを愛しいと思うと同時に殺したいとも思ったのよ。そしてその殺人願望だけは、今も消えないの」
「…意味分かんねえ。変だろ」
「そうね。あなたの事、愛しいと思えなくなったのに可笑しいわよね。どうすれば殺人願望が消えるのか考えたのだけれど、あなたを殺すという考えにしか行き着かなかったのよ」
「だから俺を殺すって?おいおい、勘弁してくれよ。物騒なのは嫌いなんだ」
「そうは言ったって、ねえ。もう決めたのよ、ごめんなさい。なるべく大人しくしてくれたら嬉しいのだけれど」
「馬鹿げてんだろ、そんなの」


 そうよね、と彼女がそっと呟いた気がしたのだけれど、もしかしたらそれは俺の空耳だったのかも知れないし、確かに呟いたのかも知れない。ただひとつだけ、鮮やかで明確過ぎる真実なのは、彼女が振り上げた鉄パイプが本物だったという事だ。








あとがき
愛故にすれちがうふたり。



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