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ウインターインソムニア



フォロワーさん男体化(他サイトさまへ飛びます)


 窓から射し込む目映いばかりの西日が目に染みて痛い。瞼の裏側を焼かれるような感覚に、唯織は目を細めた。ここ数日、不本意な徹夜が続いているせいで彼の眠気も倦怠感もピークを迎えている。さすがの唯織にも、人体の限界をどうこうすることなど不可能だ。
 眠りたい、が、眠れない。緩やかに微睡むことはあっても、その程度では唯織の身体に溜まった疲労を拭い去ることなど到底出来やしないのだから困ったものだ。薬に頼るのはポリシーに反するのか、あるいは嫌悪感からか、ただ単に効き目が薄いからなのか、彼は睡眠薬の類を一切服用しようとはしなかった。
 食欲もなく、一日一食、僅かな量を口にすればまだマシな方だ。たまに空腹を感じたときは水やスープを飲めば済む話だし、そもそも水さえあれば人間どうにかなるはずだと楽天的な考えばかりが彼の頭に浮かぶ。食事量が一定も超えてしまうと、途端に押し寄せてくる嘔吐感に唯織は抗えない。胃の中を空っぽにしても止まることを知らない吐き気は、彼の胃や食道を内側からじゅくじゅくと腐らせていくようだった。
 胃液まで吐き出してようやく落ち着いた頃には、自分に対する情けなさと叱責で頭の中が埋まってしまう。こんなに脆くてどうする。そう思ってしまったら最後、唯織を苛む怒りは中々静まらないのだ。ああ、吐くにはこんなにも体力が必要だっただろうか。

「うっわあ、唯織さん顔色悪すぎ。ちゃんと寝てる?」
「あー……最後にちゃんと寝たの、いつだったか忘れたわ」
「唯織さん馬鹿だろ、寝ろよ」
「人肌恋しくて眠れねェ」
「冗談言ってる場合じゃねえから。あーあー、酒も煙草もこんなにたくさん。少食な唯織さんのことだし、どうせ飯もロクに食ってねえんだろ? よく生きてんな」
「身体壊したら、当然桐緒が看病に来てくれんだろォ?」
「……そのためにやってんなら許さないぜ」
「そのときは嫌でも許したくなっちまうようにしてやっから安心しとけ」

 学校帰りに唯織を訪ねた桐緒は嘆息した。唯織は今までも確かに不規則で不摂生な生活を送っていたが、現状は更に悪かったからだ。テーブルの上やゴミ箱に無造作に放置されたアルコール類の空き缶を見て、桐緒は唯織の胃を心配した。
 ――唯織さんは空腹でも平気で酒飲むだろうしなあ。胃の中爛れないのかね。
 桐緒の様子を見て何かを感じ取ったのだろう。唯織は桐緒に向き直って「大丈夫に決まってンだろ」と口元を歪ませながら言い放った。本当は胃を苦しめる痛みどころか頭痛すらもしていたが、余計な心配をされるのは真っ平御免だと言わんばかりのふてぶてしさで平静を装う唯織。むしろお前が大丈夫かよ、お前は今猛獣の巣ん中なんだぜ、と高らかに言ってやりたかったが、既にエネルギータンクが空っぽになっている彼にそんな気力はなかった。

「換気して良い?」

 質問形式だったのに、イエス・ノーの返答を聞く前に桐緒はガラリと窓を開け放った。外ではびゅうびゅうと木枯らしが吹き荒れている。滑り込んでくる冷気に少しだけ肩を震わせた桐緒だったが、唯織は違ったらしい。寒ィ、と呟いたと思えば窓際に立つ桐緒を半ば引っ張る形で後ろから抱き寄せた。
 予期せぬ出来事に焦る桐緒の首元に顔を埋めた唯織は、力なく項を吸った。肌を撫でる甘い吐息がくすぐったくて、桐緒は身を捩る。そこで彼がはたと気付いたのは、いつもなら痛いくらいに抱き締めて身動ぎすら許してくれない唯織が、一言も発さずに自分を抱きすくめていることだった。

「……唯織さん? どうかした?」
「んー……? べっつにィ、どうもしねえよ」
「眠いんだろ」
「……まァ、寝てねえしな」

 あれだけ気丈に振る舞う唯織さんも今回ばかりはキてるのだろうか。それも隙だらけになるくらいに、相当。いつもは味わうことの出来ない感情に対する興奮と、余裕のない唯織に対する不安が桐緒を満たす。これだけ隙を見せられたのだから仕返しを兼ねて形勢逆転と洒落込んでやろうと画策する桐緒だっが、少しの躊躇いと彼の口から放たれた言葉に抑止されたのだった。

「寝るからよォ、桐緒、お前抱き枕になれ」

 このひょろりとした身体のどこから湧くのかも分からない圧倒的な力に、桐緒の身体はあっという間に支配された。有無を言わさずベッドへ連行されながら、やっぱりいつもと変わらないじゃねえかと愚痴を吐く。唯織の決して高くはない体温を布越しに感じるという慣れないシチュエーションに、桐緒は彼の寝息が聞こえるまでの時間を数えるしかなかった。








あとがき
唯織さんが不眠症と拒食症だったらいいなっていう妄想。


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