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愛を知って嘔吐く



フォロワーさん男体化(他サイトさまへ飛びます)


 不可解だ。この人の頭のネジは、ひとつないしふたつ以上外れてしまっているんじゃあないだろうか。僕は僕自身がどこかおかしいことを知っているけれど、その目から見たってこの人は明らかに常軌を逸している。どんなに表向きの人柄が優れていたって、裏側では暗くてどろどろしたものが渦巻いているおどろおどろしさ。僕ら――それにはもちろん桐緒くんや霧唖くんも含まれているのだが――にはない圧倒的な何か、アンノウンが、この人には備わっているのだ。
 一週間前、僕は初めて唯織さんに会った。桐緒くんの隣に立つ僕を見下ろした背の高いその人は、鋭利なナイフを思わせる眼光を静かにぎらつかせていた。視線で人を殺せるのなら、きっとああいう視線が殺傷力を持つのだと思う。上辺だけは平静を装っていたが、実際の僕はまるで蛇に睨まれた蛙のように竦み上がってしまっていた。

 それは他に言い表す手段がない程に、明確な憤りだった。矛先は間違えなく僕だ。桐緒くんもそのことに気が付いていたのか、居心地が悪そうに苦笑いを浮かべていた。普段の飄々とした態度はどこへやら。ここまで余裕のない桐緒くんを見るのは初めてだとほくそ笑んだのも束の間、鋭い視線にぞくりとした。嫌悪を通り越した冷たい殺気。この場で殺されるはずがないと分かってはいたけれど、僕は本当に、殺される気がしたのだ。
 初対面である唯織さんにあんなにも嫌悪されている理由は分からなかったが、僕も同じくらい彼に対して不快さを感じていたのだからお互いさまだ。ファースト・インプレッションというものが、ここまで重要だと感じたのはあの日くらいだ。そもそもどうして僕はあそこに居たんだろう。あの日は確か直帰する予定だったのに。桐緒くんが唯織さんのせいでどんなに嫌な思いをしたって、僕には関係がないじゃあないか。

「紗那くんさァ、俺のこと嫌いだろ」
「……それは、初対面であれだけ殺気をぶつけられましたしね。印象は良くないですよ」
「おいおい、殺気は言い過ぎっつーもんだぜェ? それにしても気付いてたとはなァ。オニーサン、紗那くんのこと見くびり過ぎてたわ」
「あれに気付かない人は、相当の愚鈍だと思いますけどね」
「うっわあ、紗那くん辛辣」

 嘘だ。見くびっていただなんて、絶対に嘘だ。唯織さんは僕が警戒心を剥き出しにしていたことを気取っていたはずだ。僕なんかよりうんと聡いのだから。あの印象的なしたり顔が良い証拠である。この人は僕が気付いていることを知った上で、ぐらぐらと敵意を煮え滾らせていたに決まっているのだ。
 それなのに。それなのに、だ。どうしたことか僕に向けられる唯織さんの視線は、この間と打って変わって優しいのだから参ってしまう。相も変わらず冷たさを孕んでいる彼の言葉だが、心を抉るような棘がない。僕はどうしたら良いのだろう。今日だって、僕はてっきり桐緒くんに会いに来たものだとばかり思っていたのに、唯織さんは僕に会いに来たのだと言った。どうして。無数のクエスチョンマークが頭の中でぐるぐると回って、眩暈を引き起こしそうなくらいだ。

「俺さあ、桐緒のことが好きなんだよね」
「はあ……それを僕に言ってどうするんですか?」
「いやいや、どうもしねえけどよ、紗那くんは妬くのかなあと。純粋な疑問ですよーっと」
「……僕が嫉妬しなくちゃいけない理由なんて、ないでしょ」
「ふうん。そうかそうか、紗那くんってば意地っ張りだねェ。そういうとこも桐緒に似てるわ」
「……は!?」

 唯織さんがぽろっと零した台詞に、僕の心臓はどきんと痛いくらいに跳ねた。詳しい原因は分からないけれど、恐らく僕自身が今まで散々無視してきたことを指摘されたからだろう。それから、蓋をした深層心理にアクセスされたことによる恐怖からというのもきっとひとつの要因だ。
 口にすることも憚られるような忌々しい事実ではあるけれども、僕と桐緒くんは確かにどこかしら似ているのだと思う。だけど桐緒くんはそのことに対して知らん顔をするし、僕だって認めたくない事柄には背を向ける。見たくないし聞きたくもないし触れたくもないのだから、こればっかりは仕方がない。認めてしまったそのときから、僕も桐緒くんもふたりして「可哀想」な奴になってしまうから。
 くつくつと喉を鳴らして満足そうにわらう唯織さんが本当に楽しそうで、気付かれないように小さく歯軋りをした。結局、何故唯織さんが僕への態度を一変させたのかは分からず終いだし、彼の愛憎に振り回されるのは真っ平ごめん被りたい。だって僕が好きなのは、唯織さんでも桐緒くんでもない、柚麻だけなのだから。








あとがき
桐緒くんがだいすきな唯織さんは、桐緒くんそっくりな紗那くんのことも気に入るんじゃないかなあと。


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