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冷たい安置室から奪い去ってごらんよ



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 真冬の帰途、寒い寒いとマフラーに首を埋めてスラックスのポケットに手を突っ込んだ桐緒は、ふと前方に見付けた後ろ姿に眉を潜めた。青い髪に白いメッシュを施した派手な髪、少し猫背な長身。その背格好に見覚えがなければ気にすることなく隣を通って行くのだが、桐緒にはそう出来ない理由があった。
 彼――唯織は、桐緒が唯一優位に立てない人物だ。紗那や柚麻、双子の弟である霧唖までも自らの手の平で踊らせようと目論む桐緒にとって、懐柔も翻弄も出来ない唯織はイレギュラーな存在だった。そう、昔からだ。桐緒がどれだけ必死に足掻こうとも、どうにも出来ない年齢の差というものがある。相手取るのが唯織でなければ年齢差はさして気にする程のことではないのだろう。だが幼馴染みの兄貴分であるからこそのやりにくさか、はたまた唯織の高校時代を知っているからなのか、桐緒はペースを崩されてばかりだ。
 歩くスピードを緩めた桐緒はこのままどうにかやり過ごせないだろうかと思案するが、桐緒の家は唯織の家を通過した先にある。回り道はなし。つまりは必ず唯織とすれ違わなければ、自宅へは辿り着けないのである。思わず頭を抱えたくなってしまうが、そこは流石と言うべきか、普段通りの飄々とした表情を貼り付ける桐緒。
 ――ったく、一体どうしたものかねえ。何だって玄関前で立ち話を……。あんたら主婦かっての。あーあー、肩まで組んじゃって……つーか、仲良さそうで少し、むかつく。
 心中で悪たれたのは良いが、突如湧いた感情に桐緒は違和感を覚える。一瞬にしてもやもやと黒い霧に覆われた桐緒の心。その名前を彼は確かに知っていたが、認めてしまうのはどうも癪に障るらしい。苦虫を噛み潰したような表情で足元に視線を落とした桐緒は、あれほど敬遠していた唯織が振り返ったことに気が付かない。不覚だ。

「桐緒じゃねーか。なあに素通りしようとしてんだよ」
「げっ、唯織さん……別に。会話の邪魔したら悪いと思って」
「ンなバレバレな嘘つくなよ。顔に出てるぜェ? 不愉快だ、ってなァ」

 反論しようとしたものの言葉で唯織に勝てた例がない桐緒は、喉まで出掛かったものをぐっと飲み込んで溜息をついた。言ってしまいたい自分と吐露を恐れる自分との間で揺れる桐緒を、それはそれは愉快そうに眺める唯織。隠すつもりなど端からないようで、深々と湛えられた笑みは桐緒を困惑させる。自分と対面しているときの柚麻はこんな気分を味わっているのだろうか、と桐緒は唯織に向き合いながら思うのだ。
 桐緒が何に対し苛立っているのか、唯織はきちんと把握していた。それこそ桐緒自身が気付いていない深層意識にまで、唯織の目は届いている。ポーカーフェイスなど唯織の前ではフェイクにすらなりはしないのだ。ガラス張りのケースに囚われた猛獣が、その身体を否が応でも人目に晒さなければならないように。いくら吠えても危害を加えることは出来ないし、血が滲む程に体当たりしても強化ガラスはびくともしない。哀れな猛獣を、手を叩いて面白がる脆弱な観客たち。もっとも、ここでの比喩は桐緒と唯織であって、唯織の立場は猛獣を調伏する猛獣遣い、あるいはショーの企画主催者であろう。観客は紗那の役割だ。

「……むしゃくしゃする」
「おうおう、存分に悶えろ。思春期にはそういうの大事だぜェ」
「はあ……?何が言いてえのかさっぱりだよ、唯織さん」
「ま、それも苦悶の範囲内、ってなァ」

 ひらり、右手を振って何事もなかったかのように友人と家の中へ入ってゆく唯織の後ろ姿を、桐緒は無言で見つめていた。その視線に滲むのは意図的な嫌悪。心に掛かった霧は更に濃く、闇のようになっていく。そうなれば今の彼に全てを取っ払うことは不可能だ。黒が深まった理由は言うまでもなく唯織が友人を部屋に連れ込んだことなのだが、彼は当然無視を決め込む。
 唯織が立ち去ったことで緊張が解けたのか、はたまたポーカーフェイスがしっかりと機能することに安堵したのか、桐緒はようやく柔らかい表情に戻った。西の空は見事な朱色に染まっている。もうこんな時間か、と家へ向かって歩き出した桐緒の携帯電話が鳴った。ディスプレイの表示を見た彼の唇は、数分前の唯織さながら綺麗な弧を描いた。

「もしもし。どうしたの、紗那くん? ……仕方ないなあ、良いよ。今からきみの家まで行ってあげるから。良い子で待っててよ」








あとがき
桐緒くんは唯織さんをすきだって自覚はあっても、安易に認めたくないんだと思う。

唯織(♂)/双子の兄貴分
大学生(理系)|長身だが猫背|青髪白メッシュ|研究中のみ眼鏡着用|口が悪くて荒っぽい|面倒臭がり屋|元ヤン|どちらかと言えば頭脳派|高校生組を引っ掻き回すのが楽しい|感情表現はストレート|情報収集能力が高い


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