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惰性にまみれた少年の毎日、或いはドリーマー



フォロワーさん男体化(他サイトさまへ飛びます)


 青みがかった黒で塗り潰された夜空のカンバスに、スパンコールで出来た星が縫い付けられている。その合間には青白い月が、さながらオゾン層のほつれを隠すワッペンのように輝いていた。美しいけれど無機質で柔らかみのない、何かが欠けていると錯覚させられるような光景を、霧唖は目の前に立つ彼と重ね合わせた。
 無責任でいい加減で、まるで雲のように捉えどころがない。中身のない傀儡が、死という期限付きの魂で動いているだけ。その癖して、弟のことになると思わず目を見張ってしまう過干渉さを見せる、良く分からない奴。それが、霧唖が兄である桐緒に抱く印象だ。
 成長するに連れて彼らの方向性は随分と違ってきてしまったが、それでもれっきとした双子である。お互いのことは親よりも理解出来ると思っていた。しかし次第に意思の疎通は困難になり、気付けば霧唖は兄のことが分からなくなっていた。本心を隠し、人の良さそうな上っ面ばかりを表に据え置く兄。学校での桐緒の様子を目の当たりにした霧唖は、彼の立ち振る舞いを許容出来なかった。それどころか、自分に見えていた桐緒との明らかな落差に幻滅にも似た感情を覚えたのは、もう数年も前のことだ。
 伊達眼鏡を外した桐緒の瞳は相変わらず澄んでいた。それなのにずうっと奥の方に感じる凶暴さとおどろおどろしさとは決別出来ない。それは大きな洞窟だと思って勇み入って行ったら、実は獣の口だったときの不可解さと畏怖に似ているのだろう。風呂上がりで濡れた彼の黒とピンクの髪が、夜風を含んで重く冷たくなっていた。

「……柚麻に何したんだよ」
「真面目腐った顔で話があるなんて言うから一体何かと思えば……はあん、そういうことか。柚麻くん、ね」

 含みのある桐緒の言い草が腹立たしくて、掴み掛かりそうになるのを理性で押し止めて霧唖は眉間に皺を寄せる。本能のまま気の向くまま、ふらふらと根無し草よろしく生きる兄のようにはなりたくないという彼なりの意思表示なのだろう。桐緒のペースに呑まれてしまうよりも早く、会話を終わらせてしまおう。彼の意志が滲み出ているのか、さっさと続きを話せと、鋭い視線がレンズ越しに訴えていた。

「柚麻くんは確かに可愛いけど、俺はちょっかい出してないよ」
「寝たとかキスしたとかそういう話じゃねえんだよ。お前、あいつに何か言ったんだろ。お前と大した接点のない柚麻が、お前を見る度に怯えた顔するなんて異常だ」
「兄貴のことをお前呼ばわり、か。霧唖、反抗期?」
「そんなこと、今はどうでも良いだろ!」
「そう声を荒げるなって……紗那くんって居るだろ、柚麻くんの幼馴染みの。彼じゃねーの? 詳しくは知らないけど、柚麻くんにゾッコンなんだろ、彼」

 桐緒の口から出た第三者の名前を聞いた途端、ぞくりと背中が粟立ったのを隠すように、霧唖は眼鏡に触れる。しかしもったいぶるように意地悪い笑みを浮かべて「焦ってるでしょ」と言う桐緒に、悔しさが込み上げてきた。双子と言えどもここまで容易く見透かされてしまうのは、霧唖にとって酷く不愉快なことだった。たかが数秒のタッチの差で、兄と弟という明確な差異を付けられて生まれた自分達。勉強や評価の良さでは自分が勝るのに、心理の肝心な部分では少しも優位に立てないのが霧唖には癪なのだ。
 不機嫌さと相俟って一層表情を強ばらせた弟に、兄は満足げに頬を緩ませた。深い色を湛えた切れ長の目は、快感を得た猫のように細められている。彼は今、その全身で霧唖に対する兄弟愛を超えた愛おしさを感じているのだ。

「そいつがどうかは知らねーけど、桐緒は余計なことすんなよ」
「何で柚麻くんにそこまで執着すんの?好きな訳じゃないんだろ」
「……そんなの、俺が知りてーよ」

 強烈な憎悪は盲目さを引き連れて、やがてぽっかりと大穴を開ける。憎しみの裏側で誰かに対する愛情が膨れれば膨れる程に、その誰かを失ったときの反動は大きくなる。そこで埋め合わせに憎悪の一部を使うのだ。人間とは不思議なもので、空虚感を感じたそこに優しさごと漬け込まれてしまえば、更に容易く憎しみを愛へと転換させる。元より他人ではない彼らには、切っても切れない縁と家族愛があるのだ。桐緒はその盛大で劣悪なプランを成功させるプロセスを、楽しんでいる真っ最中なのである。
 霧唖の心も身体も丸ごと手に入れるためなら、桐緒はどんな悪役だって演じられる。遊び人を装うのも、全ては弟を手に入れるための伏線だ。霧唖が疑うように、柚麻にはあることないことを吹き込んだし、利害の一致で紗那とも結託した。曖昧な感情などあっという間に揺らいでしまう。だから霧唖が自分の本当の気持ちに気付いてしまう前にどん底へ突き落としてやろう。そうして闇を知った彼を助け出すメシアを桐緒が演じ、シナリオは集結するのだ。

 もう用はないと言葉なしに告げて、霧唖は踵を返した。ドアを閉める直前に優美な笑みを見た気がしたが、彼には至極どうでも良いことだった。冷たいフローリングの感触に、得体の知れないぐちゃぐちゃした気持ちが湧き出る。触発されて気掛かりに思ったのは、冬の寒さで風邪を引いてしまうことよりも、明日の朝には兄と顔を合わせなければならないことだった。








あとがき
ふぉろわ男体化ほ妄想がはかどります。楽しいです。


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