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焦がれる魚の呼吸



フォロワーさん男体化(他サイトさまへ飛びます)


 お前さあ、誰彼構わず媚びてどうしたい訳。そんなに俺の気引きたい?それともアレか、お仕置きして欲しいだけか?
 霧唖の口から飛び出した言葉は明らかに怒りを含んでいて、柚麻はびくりと肩を跳ねさせた。霧唖の視線の先に柚麻は居ない。図書室の最奥にある本棚を眺める霧唖は、その細長い指で本の背を撫でた。そこには有名な太宰でも芥川でも、はたまた海外作家のシェイクスピアでもなく、夢野久作と書かれている。
 柚麻は夢野を知らない。この作家がどんなに耽美な物語を紡ぐのかも、霧唖が夢野のどこに惹かれているのかも、分からなかった。ただ、開け放たれた図書室の窓から滑り込んでくる夏風に撫でられる霧唖の髪と鼻梁の高い横顔が、見とれてしまう程に美しいことだけはきちんと知っていた。

「なあ、どうなの」
「え、と」
「お前、回りくどい。はっきり言えば良いだろ。求められたことを丸ごと拒否する程、俺だって性悪じゃない」

 冷たく言い放たれた言葉は、声音の割に柚麻を突き放すことをしなかった。柚麻は少しだけほっとして身体の緊張を解した。それに気付いているのかいないのか、霧唖はやはり吟味するように本を見つめるばかりだ。パラパラとページを捲る指先が自分に触れてくれたら、と柚麻はひっそりと思った。
 本当は自分のことだけを見て欲しいし、滅茶苦茶にして欲しかった。柚麻自身が心の底から霧唖を求めているように、彼にも。霧唖は確かに柚麻のことが好きだ。恋慕と呼べる感情を抱いている。愛欲だって感じる。それでも彼が本当に見ているのは自分ではないと、柚麻は薄々気付いていた。隣に居る筈なのに、遠い。雲の上の人には、どうしたって手は届かない。今の柚麻はそれに似たものを感じていた。

「……おれ、は、霧唖くんのことが好きなだけ、だよ」
「ふうん」

 霧唖の視線が漸く柚麻に向けられる。レンズ越しに見た瞳は海よりも深くて、柚麻の胸奥を甘く疼かせた。もう一度名前を呼んでみようとして、先手を打たれる。正味悔しいと思ったし、しくじったとも思った。柚麻はこれ以上懐柔されてしまう前に、霧唖をも浅瀬から深海へと沈めてしまいたかったから。
 柚麻、と心地良く響く声が自分を呼んだことに、青年の心は歓喜に打ち震えた。腕に触れた手の平はきっと一年中冷たいんだろう、とか、今度夢野という作家の作品を読んでみようか、とか。どうしようもなく取り留めのないことを、熱を帯びた脳の端で柚麻はそっと思考する。水泡が弾け、柚麻の思考が濁りのないエメラルド色の海のようにクリアになる頃には、唇も主導権も既に奪われていた。

 古い本の黴混じりのにおいの中に花の芳香が溶け込む。霧唖はそれが好きだった。いっそ彼に溺れてしまえたらもっと楽だったのかも知れない。そうは思いながらも、やはり親しみ馴れたピンク色が脳裏をよぎるのだ。霧唖は自分自身が兄に焦がれていることを知っているが、柚麻が自分に距離を感じていることは知らない。ふたりの間には結局隔たりしかない筈なのに、最初から求め合っていたのだと言わんばかりに貪り続けるだけなのだ。それは例えば、アダムとイヴのように。
 今現在霧唖の脳内は、どんな仕打ちを柚麻に課してやろうかという考えで占められている。それは花の香りと誰かの残り香に絆されるままに。青年達は微睡むように狂わされていくのだ。その甘ったるい狂気に当てられ、酸素を奪い快適な空間を狭めているということに誰かが気付けない限り、ずっと。








あとがき
夢野はわたしの趣味です。男体化楽しかったです。ありがたいことにわたしも男体化して頂きました。それも双子設定でふたりも。ありがとう…!


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