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つめたい格子窓はぼくの世界を切り取っていく



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※男娼パロ/死オチ


 傾城に誠なし、とは良く言ったもので、唯織の言葉は彼に群がる男たちを常に惑わせてきた。時には揚羽蝶のように艶やかな魅力を振り撒き、時には毒蛾のようにじわじわと客の心を猛毒で冒す。唯織の色香に誘われた男たちが哀れである所以は、夢見心地に浸れる唯織との極楽のような時間が、実は抜け出すことの出来ない地獄だということに気が付けないからだ。従順そうな演技の裏で意地悪くほくそ笑む唯織は、まさに化け狐と形容するのに相応しいのだ。

「愚か、だよなァ」

 単にその化け狐に懲りていないだけなのか、あるいは愚行だと気付いていても尚唯織に傾倒する道を選ぶのか。どちらにせよ桐緒は、ほかの客が目を見張るような執着を唯織に対して見せ続けてきた。唯織を一晩買うにしても、その遊び金は決して安くはない。それも事業に成功した大商人でもなければ悪事の限りを尽くした代官でもない、若くまだまだ青二才のような桐緒が払うのだから感覚も違う。番頭はおろか唯織までもがその金の出所に関心があったが、まさかそんなことも聞けず「まあ、良いか」と頭の隅に追いやってきた。
 そうして桐緒が唯織の元に通い始めてから、幾何か過ぎた頃だ。唯織が体調を崩し始めたのは。いつも通りに彼を訪ねた桐緒は、彼とのやり取りの中に快活さがないことに違和を感じた。些細な変化に気付ける程に桐緒は唯織を好いていたが、その違和を本人に伝えたところで強がった返答が届くことも知っていた。だから桐緒はこっそりと気を遣い、その晩は唯織を抱かずに世間話と戯れ程度の触れ合いをして帰って行ったのだった。
 そのことを不審に思わない唯織ではなかったが、疲労の溜まる情事も演技も要らない時間にすっかり気を抜いてしまったのも事実である。そのせいでぴんっと張り詰めていたはずの緊張の糸は緩み、溜め続けてきた疲れが出てしまったらしい唯織は、本格的に寝込むことになってしまった。
 面会謝絶と番頭に告げられて唯織目当ての客が次々と帰って行く中で、桐緒だけが屋敷から去ろうとせず険しい顔で柱に凭れ掛かっていた。その視線は鋭く、座敷へ続く廊下を睨めつける。その姿を見た番頭は、呆れたように深々と嘆息した。

「いくら桐緒くんでも、今の唯織に会わせるわけにはいかないんだよ。さあ、帰った帰った」
「嫌だね」
「はあ……きみねえ、いい加減にしないと……」
「俺ァ構わねえから通してやれよ」
「唯織! 寝ていないと駄目じゃないか!」
「はんっ、何時間も寝ていられるかってんだ。良いだろ、話し相手くらい寄越してくれたってよォ」
「だってさ、番頭さん。悪いけど上がらせて貰うよ」

 番頭は、廊下の奥に消えていくふたりの背中を渋々見送った。このとき彼が抱えていた憂いが全くの杞憂であると、一体誰が言い切れただろうか。どんよりと濁る空を遠くに見ながら、彼は何度目かも分からない溜息を吐き出すのだった。
 そんな番頭のことはつゆ知らず、唯織の座敷で談笑する桐緒だったが、普段とは違う唯織の雰囲気に首を傾げた。唯織の具合が優れないことは彼も既知の上だったが、それにしたって今の唯織の姿は弱々しすぎる。顔面蒼白という言葉がぴったりなほど彼の顔色は悪く、頬も少し痩けている。その細く長い指は煙管を捉えてはいないし、更には皮肉めいた口調さえもなりを潜めているのだから、桐緒の不安はますます掻き立てられてしまうのだ。

「なァ、俺が死んだらどうするよ」
「……それ、全然例えになってねえよ。唯織さん」
「例えば、なんて誰も言ってねェだろうが」
「縁起でもねえこと言うの、やめろよ」
「縁起もクソもねえよ。現に俺は、もうすぐ死ぬんだから」

 ふっ、と自嘲気味に笑んでみせた唯織だったが、その笑みはどこか痛々しくて見ている側の心が掻き毟られるようだった。驚きに見開かれた桐緒の双眸は、動揺のせいかゆらゆらと微弱に揺れている。そんな彼を見ながら、唯織は「気付いてたろ。ンな反応やめろ」といけしゃあしゃあと言ってのけるのだ。
 対する桐緒は、本当の絶望を知ってしまった幼子のように黙りこくったままである。ただひとつ違うのは、無垢すぎる赤ん坊よろしく泣き喚かないことだった。唇を噛む桐緒を一瞥して立ち上がる唯織。彼の運命はここで暗転することになる。
 ぐにゃりと歪む視界。ふらふらと覚束ない足元に唯織は体勢を崩した。桐緒は慌てて、畳とご対面しそうになった彼を受け止める。押せば途端に崩れてしまう砂糖菓子のような唯織の肉体は、もうとっくに限界を迎えていたのだ。乱れた青髪が次第に色を失っていくような錯覚が、唯織を支えたまま呆然と立ち竦む桐緒を苦しめる。緩みそうになる涙腺の蛇口を必死に閉めながら、彼は夢であれと居るかも分からない神に願うことしか出来ないのだ。

「……なァに、泣きそうな顔、してんだ。ただの発作、だっつーの」
「だっ、て……唯織さん……!」
「ッハ……お前も、まだまだ餓鬼、だな」
「そんなこと、今はどうでも良いだろ!? 何で……何でだよ……何で唯織さんは、そうやって……!」

 言っても言い切れないくらいの文句を言ってやりたい桐緒だったが、言葉に詰まって何も言えなくなってしまったようだった。唯織の上質な着物を掴む彼の拳は、わなわなと震えている。(どうして、どうして。こんなになるまでアンタは。)今まで数多の男たちを惑わせてきた男娼“唯織”の姿は、もうそこにはなかった。ぜえぜえと苦しそうな呼吸と額に浮かぶ玉の汗。白雪色の顔をした、今にも息絶えてしまいそうな男が倒れているだけだった。しかしお得意の不敵な笑みは忘れずに。
 ――愛してたぜ、桐緒。
 それが唯織の、今際の言葉だった。息を飲み、目を見開く桐緒とは裏腹に、深い色を湛えた唯織の瞳の輝きは次第に失われてゆく。(ただの発作だなんて、嘘のクセに。)下ろされる瞼。そこを縁取る黒々とした睫毛が揺れることは、もう二度とないのだ。その事実に桐緒は心を水浸しにする。彼の腕に抱かれた青年の身体は、これから少しずつ冷たく硬くなっていくだろう。きっと、そこに温もりなんてものは最初からなかったみたいに、彼の魂が抜けていくのだ。
 今まで唯織が背負い、抱え込んできたものたち。それらから解放されても尚彼の顔色は悪かったが、やけに晴れ晴れとして見えて桐緒はやるせなくなる。これから自分が生きてゆく世界に、果たして色はあるのだろうか、と。(嗚呼、それでも。)言うなれば、彼は、甘やかなくちづけを交わしてしまえばいつもみたいに夢心地に浸れる気がしただけなのだ。








あとがき
性急なことと前置きが長いことには目を瞑って頂きたい。唯織さんのさいごの言葉に悩みました。


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