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ひとりぼっちでクライ



フォロワーさん男体化(他サイトさまへ飛びます)


 今まで幾度となく訪れたその部屋には相変わらず生活感というものがなく、主人を失ったことで更に閑散とした雰囲気が強まったようだった。まだ俺が高校生だった頃、初めて入ったときには白く眩しかったはずの壁は、愛煙家な彼の影響で黄ばんでしまっている。そのせいか妙に色褪せて見えて切なくなった。
 唯織さんが死んだと聞いたとき、不思議とすぐに涙が出てくることはなかった。死因は栄養失調にアルコール中毒、肺炎に、偶然拗らせた風邪が相乗されたことらしい。俺は最愛の人の死を悼み悲しむよりも先に納得していて、自分はこんなにも薄情な奴だっただろうかとニヒルにわらった。
 葬式に参列していた人々は、驚愕の若さで死んでいった彼の不運さを嘆いていたが、どの涙も台詞も上辺だけのチープなものばかりだった。どいつもこいつも、どうせ彼の頭脳を惜しんでいるだけなのだ。どうにもやるせなくなった俺は葬式会場を抜け出してここへ来たわけだが、これといった目的もないのだからきっと無意識だったのだろう。如何に自分が彼を愛していたのかを思い知らされて、呼吸が苦しくなった。
 ぐるりと部屋を見回して、あまりの遺品の少なさに呆然としたのはあの日と同じだ。胸元で鈍く光るシルバーネックレスが唯一、彼との繋がりを示す品物ではあるが、彼の遺品というわけではなく彼からプレゼントされたものだからこれまた切ない。まだ部屋の片付けはされていないから、探せば何か見つかるかも知れない。そんな一縷の望みを抱いて部屋を片し始めた俺は、カラーボックスの中にひとつ、彼の愛用品を見つけたのだった。
 引き出しの中に隠すように置かれたパソコン。その中に何かデータが残っていないだろうかと、多少の引け目を感じつつも立ち上げた。スリープモードになっていたそれのデスクトップには、無題のフォルダーがひとつだけ表示されていた。中身のデータもひとつ。恐る恐る開いてみるとそこには、英語でただ一言“Forget me”と打ち込まれていた。唖然とする俺に耳に届いた無機質な警告音と、画面上のカウントダウン。数字が0に切り替わった瞬間、ディスプレイには「このデータは削除されました」と表示された。きっとデータが開かれた一定時間後に自動的に削除されるよう、あの人がプログラムを組んでいたのだろう。

(俺のことなんざ、さっさと忘れちまいなァ)

 そうシニカルに笑う彼の表情が浮かんで頭にきた。保ち続けていた冷静さなんてあったもんじゃない。冷めた感情が一気に吹き飛んで、沸々と込み上げてくる怒りに似た何か。彼が自分の生きた証を残したがらないことは重々承知していたが、俺の記憶も感情も俺だけのものだ。たとえ唯織さんであっても言いなりになんてなってやるものか。

「……ふざけんなよ、今まで散々俺の中に色んなもの残しておいて、この期に及んで忘れろだって? いくらなんでもその願いだけは却下だぜ、唯織さん。俺があんたのことを忘れられるわけがないんだ。だって俺はもう、あんたを愛しちまってるんだから……!」

 苦しいだけだということくらい分かっている。虚しさが胸を埋め尽くすであろうことも分かっている。人々は次第に彼のことを忘れていくだろう。思い出の中の過去の人として、存在を風化させていくだろう。それでも、それでも。俺は忘れたくない。忘れてしまうのは、絶対に、嫌だ。
 憤怒と悲哀と虚無感と、色々な感情が混じり合って何もかも分からなくなる。自制心も彼方へと消え去って、気付けば熱い雫が頬を濡らしていた。ぽたぽたと顎を伝ってフローリングに落ちていくそれは、いつか水溜まりから海へと変わってはくれないだろうか。そんな非現実的な考えが頭をよぎるくらいに、理性はどこかへ吹き飛んでしまっていた。泣いて泣いて泣き尽くして、自分の涙に溺れ死んでしまえば良い。
 だけど俺の涙腺は大した量を作り出せないらしく、数分間泣き喚いただけで涸れそうになっていた。泣き止んで少しだけ平常心を取り戻した俺は、唯織さんが、そして誰よりも俺自身が、後追いを望んでいないことを悟った。最悪だ。そう呟いた声は反響すらすることなく空気に溶けてゆく。久々に味わった涙は塩辛かった。








あとがき
BGM:花火/己.龍
唯織さんは早死にしそうという妄想から膨らませて出来た産物。


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