short | ナノ



硝子匣の中で人形は呼吸を止める



 きらきらと輝く彼女の瞳は、まるでオニキスだ。特に黒いオニキス。漆黒。真っ黒。更に光を受けた時のそれは、星を散りばめられた夜空の如く広かった。俺にとってはきっと、宝石よりも価値があるもの。
 しかし彼女がこれ程までに美しく見えるのは、俺達が生きる世界が醜いからなのである。彼女はこの世界に不釣り合いな程美しくて、綺麗で、可愛らしくて、儚くて、清らかだった。どんな美女が彼女の隣に立ったって俺は目もくれないし、寧ろそいつは彼女の引き立て役にしかならない。
 世界は、神は、彼女が息づいているという事実に対し手放しに喜ぶべきなのではなかろうか。代わりに俺は、彼女を産み落としてくれた世界と神を崇めるから。いつだって等価交換は必要だ。

 ふわり、風に靡いた綺麗な彼女の髪を、俺は丁寧に優しく撫でた。するすると指の間を通り抜ける、生糸のような髪だった。そう、喩えるならば彼女は、高級素材で作られた最高傑作の人形。勿論それは外見のみであって、心までではないのだが。
 だから俺は時折、彼女を本当の人形にしてしまいたくなるのだ。一点の曇りもない硝子ケースに押し込めて、澄ました格好をさせて。着せるのは勿論、彼女に似合うドレスのみ。毎日のお手入れは欠かさずに、美しく現在の姿を保ち続けるのだ。
 しかし生きている限り、脆過ぎる人間は老いてゆく。それを阻止するには?殺すしかないではないか。瞬間冷凍で氷漬けにしても、氷の中で眠る彼女はさぞかし美しいのだろう。けれどそれでは、彼女には触れられないから。

「だからさ、今すぐお前を、殺したいんだけど」
「……良いよ。あなたの、為なら」
「さんきゅ。綺麗に殺してやるから、安心しろよ」

 きらり、掌に収められた小瓶が煌めく。中では小瓶の中程まで注がれた液体が、ゆらゆらりと揺れていた。毒殺って、苦しい?、彼女が俺に尋ねる。苦しくなんかない、俺は彼女に答えた。
 彼女は静かに微笑んだ。今までで一番綺麗で、一番狂おしくて、一番愛おしかった。それはもう、今すぐにでも殺したくなってしまう程に。語彙の乏しい俺にとって、それ以外に形容の仕様などなかったのだ。








あとがき
毒殺って愚か。


back

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -