-筆-






「名前…」

「はっちゃん…ッ!?」

久しぶりに愛しい彼女の元に
こっそりと忍び込んでみれば
声もあげず
文机に向かい
ほろほろと涙を流すその人
俺が声を掛けると
飛び跳ねるように
肩をびくつかせ
ぐいと涙を拭い
俺の名前を呼ぶ

「び…っくりした、どうしたの?」

そう言ってふわりと笑って見せるけど
蝋燭の灯りが
涙の痕を光らせていて
それがちくりと胸を刺す

「名前、今泣いてた」

「あはは…やっぱり気付いてた?」

彼はとても不安そうな顔で
私の顔を見るものだから
私は逆に笑ってしまいそうになった

「何でもないよ、はっちゃん」

「何でもなにのに泣くのかよ!?」

彼は私にそれはそれは
すごい勢いで詰め寄ってきた
心配してくれる人がいることが
こんなにも幸せだってことは
はっちゃんから教わった
大好き…

「明日ね、父の命日なの」

「え…?」

「それでね父に手紙を書いていたらね
 うっかり涙が出てきただけなの」

「手紙…」

「そう。明日焼こうと思って」

そう言って彼女が指をさした方向には
一枚の筆巻きと
一本の筆

「父の形見なの」

手紙を書くのが好きな人だったから…


彼女の寂しそうな笑顔に
また俺の胸が
ギュッと締め付けられた

「ごめん…なんか、」

「えぇ!?なんで謝るの?」

「気の利いた言葉とか思いつかなくて」

「へ…?あははははっ!」

俺が俯いて言葉を紡ぐと
楽しそうな彼女の声が聞こえて
思わず顔をあげた
そこには楽しそうに笑い
俺の頬に触れてきた

「しんみりさせてごめんね?
 でもね…」

私ははっちゃんに
気の利いた言葉を言ってほしくて
同情をしてほしくて
この話したわけじゃないんだよ?
はっちゃんには隠し事したくない
全部知ってほしいと思って…
嘘つきたくなくて
正直に話しただけ
だからそんな顔しないで、ね?



そう言って俺の顔を覗き込む
何の衒いもなく
彼女は俺に伝えるから
俺はいつだって
うろたえて赤くなるしかできない
いつだって
幸せをもらってばかりで…
男としては大変悔しい

「なぁ名前」

「なぁに?」

「俺もさ、手紙書いていいか?」

「え?うん、いいけど」

へへへと笑いながら
私の文机に向かう彼
筆を持つと
急に真剣な顔つきで
時にうーんと悩みながら
さらさらと
筆を滑らせる
その姿は
普段見るそれと違って
なんだかとても
愛おしかった

「できたっ!」

ぱぁっと光るような
そんな笑顔を私に見せ
にこにこと封を閉じる

「明日の朝一で焼きに行くけど…」

「一緒に行く」

「うん、一緒に行こう」

「俺、今日ここ泊まる」

「え?」

「名前の話もっと聞きたい」


そう言って抱きしめてくる
彼の腕は
とても優しくて暖かくて
幸せな気持ちになる


「なぁ名前」

「んー?」

「俺、幸せだ」

「なぁに?突然」

彼女は子どもをあやすように
そっと俺の髪を撫でる
その行為がとても気持ち良くて
心が温かくなる

「俺ばっかり幸せだ」

「そんなことないよ」

彼女はそっと俺から身体を離し
優しい笑顔でまっすぐに見つめてきた
吸い込まれそうな
大きな瞳

「私がこうして今笑ってられるのも
 全部全部はっちゃんが居てくれるから

 私はっちゃんのおかげで
 強くなれたし
 優しくなれた


 幸せをありがとう」


やっぱり
彼女は
俺に幸せをくれる
俺もこれから
少しずつ
この幸せを喜びを
名前に返していけたらいいな

「俺の方こそありがとう」

「ねぇはっちゃん」

「ん?」

「父上になんて書いたの?」

「恥ずかしいから内緒だっ」

俺の腕の中で
くすくすと笑う彼女が
本当に
本当に愛おしくて
そっと額に唇を落とした




『初めまして
 

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 幸せにします
 なんて大きな口は叩けないけど
 大切にします
 
 俺は貴方の娘さんと
 出会えて幸せです
 本当に
 ありがとうございます』





END


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