※自サイト「−遠−」の連載番外編となっております。 蛍が舞う、とある滝の前で口付けを交わすと永遠に結ばれる…こんな言い伝えがあるとしたら、あなたは誰と結ばれたいですか…?─ 「蛍?」 「そ!すんげー綺麗なところがあるんだよ!一緒に見に行かねーか?」 季節は春から夏に変わりつつあり、木々が青々と茂り、日差しも日に日に強さを増してきた頃。自室でごろごろしていると八ちゃんが私の部屋に訪れてこんな話しを持ち掛けてきた。 「蛍か…いいね!私あんまり見たことないし」 「おっし!じゃあ決定な!」 「それなら私も行くぞ」 「へ?」 二カッと嬉しそうに笑う八ちゃんにつられて笑みを浮かべていると突如そんな声が聞こえてきた。 「あ、三郎くん!」 声のした方へ視線を向けるとそこにはニヤリと口元に笑みを浮かべ、部屋の入り口に寄り掛かって立っている三郎くんの姿があった。 「三郎!おまっ、邪魔する気…」 「俺も行こうかなぁ」 「勘右衛門!?」 三郎くんに対して何やら慌てた様子の八ちゃんが何かを言おうとするがそれはひょこっと三郎くんの後ろから顔を覗かせた勘ちゃんに遮られた。 「名前さんが行くなら俺も行くー!」 「ちょ、勘ちゃん…!」 「へへー、名前さん柔らかい!」 「勘右衛門!何してんだよ!」 「お前は何どさくさに紛れて抱き付いてんだよ!」 「ねぇ、それって僕も行っていいんだよね?」 「俺も行くよ」 部屋に入って来た勘ちゃんがぎゅうっと抱き付き、首筋にすり寄ってくる。それに対して八ちゃんと三郎くんがぎゃいぎゃい騒いでいると今度は雷蔵くんと兵助くんまでもがひょこっと廊下から顔を覗かせた。 どこで聞いてたの!? 「お前らまで…!」 「まぁまぁ、楽しくやろうぜ?竹谷さんよぉ」 ニヤニヤと笑って肩に腕を回してくる三郎くんに八ちゃんは大きなため息を零した。 * 「名前さん、暗いから気を付けてね?」 「ありがとう、勘ちゃん」 日も暮れ始め、辺りは徐々に夕闇に包まれつつある頃。私達は蛍を見に行くため特別に外出許可をもらい、八ちゃんの案内に従って只管山道を登っていた。なんでも蛍がいる場所は山を一つ越えた麓にあるのだとか。 「ふぎゃ!?」 「おっと、大丈夫?」 「ありがとう、雷蔵くん」 足場の悪い山道に足を取られ、よろけたところを傍にいた雷蔵くんが身体を支えてくれる。それにお礼を言うとニコッ微笑んだ彼に手を握られる。 「雷蔵くん…?」 「転んじゃうといけないから、ね」 「俺も。名前さん危なっかしいから」 「え、兵助くんも!?」 ニコニコと笑う雷蔵くんに戸惑っていると今度は反対側の手を兵助くんに握られた。 何、この状況!? 「八左ヱ門、他に道はないのか?」 「これが一番近いんだよ。ほら、下見てみろよ」 三郎くんの問いに八ちゃんは困ったように笑うと下を指差す。彼の指の先を辿っていくとそこには木々の隙間から滝らしきものが見えた。 「この道を下って行けばすぐだろ?」 「すぐって…お前なぁ!こんなとこ名前が下れると思ってるのか!?」 「そうだよー!ってかもう道じゃないじゃないか!」 眩しい程の笑顔でそう話す八ちゃんに三郎くんと勘ちゃんが抗議の声を上げる。確かに滝まではかなりの傾斜で崖と言っても過言ではない。 うん、これは流石に無理…ってかみんなは平気なの? しかし八ちゃんは怯むことなく「大丈夫だって!」と言ってニッと笑った。 「俺が名前を負んぶして行くからさ」 「ええっ!?」 「ほら、名前!背中に乗れ!」 私に背を向けてしゃがみ込む八ちゃんにオロオロしていると彼は「名前ー?早くしろー!」と声を掛けてくる。きっと何を言っても無駄だと諦めた私は八ちゃんの背中に体重を預けた。 「よっと!」 「わっ!」 すくっと立ち上がった八ちゃんに慌ててしがみ付くと彼はけらけらとおかしそうに笑い「しっかり掴まってろよ?」と振り返ってきた。 「八、名前さん落とすなよ?」 「慎重にね?」 「わかってるって!兵助も雷蔵も心配性だなぁ」 「それじゃあ私が先陣を切る。行くぞ」 「おー!」 「ひぇぇ!」 三郎くんが軽やかに崖を下るのに続き勘ちゃんも駆け下りていく。八ちゃんも私を負んぶしているにも関わらず二人に負けず劣らずの早さで下りて行くのに対し私は悲鳴を上げて八ちゃんの服を強く掴んだ。 「到着!」 「八ちゃん、ありがとう」 「おぅ!」 「名前、こっち来てみろ」 すとんっと地面に着地した八ちゃんにお礼を言いながら背中から降りると三郎くんに手招きをされる。私は首を傾げながら川縁に立つ三郎くんに近付いた。 「ほら、掴まれ」 「うん…わぁ!すごい…!」 ゴツゴツとした岩に足を取られ覚束ない足取りの私に向かって三郎くんが手を差し出す。その手に自分の手を重ね、三郎くんに手を引かれながら彼の隣に立つとそこにはふわふわと夜空を舞う蛍の姿があった。 「綺麗…!」 「だろー?」 「何で八左ヱ門が得意げなんだよ?」 眼前に広がる幻想的な景色にほぅっと感嘆の声を漏らすと八ちゃんが楽しそうに呟く。そんな彼に勘ちゃんがけらけらと笑いながら突っ込んだ。 「名前」 「ん?」 隣に立つ三郎くんに名前を呼ばれそちらに視線を向けると真っ直ぐこちらを見つめる彼の瞳と目が合う。 「ここで口付けを交わすと永遠に結ばれるという言い伝えがある…」 三郎くんはそこで言葉を区切ると私に手を伸ばし頬に手を添えてきた。 「試してみるか…?」 「なっ…!?」 頬を撫でていた手を顎に移動させ、くいっと掬い上げてニヤリと笑う三郎くんに私は目を見開いて固まった。 「三郎ォォォ!!」 「いっ、てぇぇ!!何すんだよ、バカ八!!」 「お前が何してんだよ!?」 「今のは完全に三郎が悪いよ」 「雷蔵の言う通りだ!この変態!!」 「誰が変態だ!?勘右衛門!!」 いきなりゴチンッと頭を叩いた八ちゃんに三郎くんは頭を抑えて蹲る。若干涙目になりながら三郎くんが八ちゃんをキッと睨み付けて声を荒げるが今度は雷蔵くんや勘ちゃんにまで怒られることになった。 「名前さん」 「ん?なぁに、兵助く…!?」 ぎゃいぎゃいと騒ぐ四人に呆れていると兵助くんに腕を引かれ、名前を呼ばれる。そちらに顔を向けようとした瞬間兵助くんのドアップと共に頬に温かい何かが触れた。 「へ、兵助!?」 「兵、助くん…!?」 「俺さ、名前さんと一緒にいたいんだ…だから、口付けた」 「っ…!」 ふっと優しく笑う兵助くんに私の頬はカァァッと熱を帯びる。 そんな顔、反則だよ…! 「名前さん!」 「か、勘ちゃん?」 「俺も、名前さんと一緒にいたいよ!」 勘ちゃんはそう言ってニッと笑うと私の両頬を包み込むように手を添える。そして顔を近付け、瞼に優しい口付けを落とした。 「か、かかか、勘ちゃん!?」 「へへ、これで一緒にいられるね!」 焦る私を見てまるで悪戯が成功した子供のように楽しげに笑うと勘ちゃんはこつんと額をくっ付けて「名前さん、可愛い」っと言ってきた。 うわわ!!し、心臓が…!! 「勘右衛門!近すぎだ!!」 「いてっ!」 「「名前!!」」 「え?わぁ!?」 「どわっ!?」 「ぅおわっ!?」 「ええっ!?」 いつまでもくっ付いている勘ちゃんを兵助くんが無理やり引き剥がした時、八ちゃんと三郎くんに大声で名前を呼ばれる。何事かと思ってそちらに顔を向けると飛び掛るように突っ込んできた二人に体当たりをされ、勘ちゃんと兵助くんを巻き込んで五人揃って川の中に水飛沫を上げて落っこちた。 「ぷはっ!」 「名前さん、大丈夫!?」 「な、なんとか…」 幸い流れも緩やかでそこまで深くないためすぐに水面へと浮上することが出来た。川岸から焦った顔でこちらを見る雷蔵くんに苦笑いを浮かべると彼はホッとしたように息を吐き出す。 「三郎に八左ヱ門!お前ら何すんだよ!?」 「悪い!勢い余って、つい!」 「まぁ暑いから丁度いいだろ?」 「ふざけんなよ、お前ら!!」 絶対に悪いと思っていない二人に勘ちゃんと兵助くんが声を荒げる。しかし彼らはそれを無視して私の方に泳いで来た。 「は、八ちゃん?っ…!」 「…俺も兵助達と同じでさ、名前と離れたくないって思ってるんだよ」 八ちゃんは後ろから腰に腕を回して私を抱きしめると耳にちゅっと口付けを落とす。そして耳元で「だからお前をここに連れて来たんだ…」そう優しい声色で囁いた。 「私もだ」 「三郎く…んっ!」 「お前はここにいろよ…何処にも行くな…」 いつになく真剣な顔をした三郎くんは私を正面から抱きしめると首筋に顔を埋め、口付けを落とす。ビクリと身体を揺らす私に三郎くんは満足げに笑うと首に腕を回してしがみ付いてきた。 「ちょっ!二人共離してぇ!溺れる!!」 「三郎!お前が離せよ!」 「絶対嫌だ」 「「二人共離せ!!」」 私を挟んでバチバチと火花を散らす三郎くんと八ちゃんに今度は兵助くんと勘ちゃんが飛び掛かる。巻き添えを食らいたくない私はするりと四人の輪から抜け出し、岸に上がるため雷蔵くんの元へと泳いで行った。 「全く、みんな元気だね…」 「本当に…名前さん掴まって」 すっと差し出してくれた雷蔵くんの手を借りて岸に上がり、未だに川の中でバチャバチャと水を掛け合ってじゃれ合う四人にため息を零す。 「先に帰ってようか、雷蔵くん」 「あ、待って」 いつまでも終わることのなさそうな争いに呆れてそう呟くと雷蔵くんに腕を掴んで引き止められる。首を傾げて彼を見つめると雷蔵くんはきゅっと口を結んで意を決したように私に顔を近付けて来た。 『ああーっ!!』 「ら、雷蔵くん!?」 雷蔵くんは私の口の隅ギリギリに口付けを一つ落とす。真っ赤になって彼の顔を凝視すると雷蔵くんは「僕だって名前さんと離れたくないから…」と頬を赤く染め、恥ずかしそうにポツリと零した。 「これで僕も名前さんと一緒にいられるね」 「雷蔵ずっりー!!」 「俺、もう一回したい!!」 「…今度は口にするか」 「八も勘右衛門も何言ってんだよ!ってか三郎は絶対するな!!」 満天の星空の下、いつまでも騒いでいる私達を見守りながら蛍達が夜空を舞っていた─ |