学生なんてそんなものだと、現実的に受け止めていても、やはりバイト三昧の毎日はどこか味気ない。なんて接客の真っ只中だと言うのに、そんなことを考えているわたしは失礼極まりないけれど。

普通が一番、なんてよく言ったもんだ。確かに、普通に過ごすことができる毎日は何物にも変え難い。だけど、誰だって、いつか自分にも素敵なことが起こる。そんな風に心の何処かで信じてるんじゃないかな、と思う。




「いらっしゃいませ!」




そう信じていないと、なかなかどうして、日常とは息苦しいときもあるのだ。些細なことで、これでもかと落ち込む時だってあるのだ。人間ってそう言う生き物なんだと思う。

ふっ、と僅かに生暖かい空気が這うようにして流れ込んできた。おっと、お客様だ。ぼんやりとしていた自分に喝を入れると、わたしはとびきりの営業スマイルとやらを浮かべて、お客様を迎える。




「よっ!」
「…ハチ?」




カウンター越しに立っていたのは、まるで悪戯が成功した子どものように、歯を見せて笑う男の子。軽く片手をあげて、ちゃんと働いてんだな、なんてこぼす彼に当たり前でしょ、と少し笑って返してやった。
しかし、彼の家からも、学校からも近いとは言い難いわたしのバイト先に訪れるなんて、たまたま通りがかったのだろうか。そんなことを考えながら、ご注文お伺いいたします、と再び営業用の笑みを浮かべた。




「バイト何時まで?」
「今日は17時までだよ」
「あとちょっとだな。そのあと、なんか用事あるか?」
「いや、別にない、けど?」
「じゃあ店出たところで待ってるわ」




揚げあがったばかりの狐色のポテトがのったトレイを片手に、彼はひらひらと手を振って客席の方へと消えていく。なんだったんだ。後ろではバイト先の先輩が、名前ちゃんの彼氏なの、なんて何が嬉しいのやら興奮したようにまくし立てているものだから、曖昧に笑んで誤魔化しておく。

早く、バイト終わらないかな。そわり、と浮き立つ心を抱きかかえながら仕事をこなすことになった。




居心地の良い温度の店内から、自動ドアを潜り抜けて外へと繰り出す。鮮やかな笑みで、ガードレールに軽く腰掛けていた幼馴染兼恋人が目に映り込む。




「よ、お疲れさん!」




ハチが来るまでは、疲れて重かった身体も彼の顔を見たそのときから、そんなもの吹っ飛んでしまうなんてわたしもなかなか現金なやつだ。さしてお疲れではないわたしの頭を、ハチはくしゃりと撫でた。子どもをあやすかのように頭を撫でる。これは彼の子供の頃からの癖で、恥ずかしいからやめてくれと何度も言ったのだけど無意味だったから、こうして今でも甘んじて受け入れているのだが。




「珍しいね、ハチがバイト先にくるなんて」
「おお、まあな。なあ、このままどっか遊びに行こうぜ!」
「え、…どうしたの急に?」
「どうしたの、って言うか、うーん、そうだなあ。いつも頑張ってるから、なんか楽しいことしてやりたいなあとか思って。…迷惑だったか?名前疲れてるか?」




少しトーンを下げて此方を窺う彼は、身体はもうわたしよりもずっと大きくなったと言うのに飼い主に怒られた犬のようで思わず口元がゆるむ。何笑ってるんだ、大きなわんこが問う。




「別に、なにも?」
「なんだよ、気になるだろ?」
「秘密。ほら、どっか遊びに連れてってくれるんでしょ?早く行こ」




ねえ、きっと素敵なことなんて、きっとその辺に転がってるんでしょう。

なかなかどうして、日常と言うやつは捨てたもんじゃない。握られた手をぎゅっと握り返すと、ハチはまた色鮮やかに笑った。


世界は笑いかけてくれる
ー案外、世界は優しいものなのだ。


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