彼が誂えてくれた退紅色の小袖も、だいぶ着慣れたものだ。
今日はお休みの日、私は五年い組の久々知兵助と街へ繰り出している。いつもは藤色の装束を身に纏っている彼は、今日は白地に黄色の模様が描かれた私服だ。

「こうして街に出てくるのも久しぶりだな」

「そもそも二人でいられること自体が久しぶりだよ」

「はは、そうだな」

私達はもう三ヶ月程前に恋人同士になったけれど、こうして二人でゆっくりできるのはまだ片手で数えても指が余る程だった。

「この角を曲がった先に、言ってた美味しい豆腐料理が出る店があって!」

一度名前を連れて来たかったんだ、と目を輝かせながら続けた。
彼の豆腐ネタは聞き飽きたけれど、この眩しいほどの笑顔はもう何度と向けられているが一向に慣れるどころか、向けられる度にどきどきしてしまうのだから困ったものだ。彼の長い睫毛が伏せられ、頬に影が落ちる。本当に、綺麗に笑う人だ。

お店に入ると、席へ案内される。定食を二つ頼んで、運ばれてきたそれに手を合わせた。

「お兄ちゃんよく来てくれるねぇ」

この店の亭主が兵助に声をかけた。

「ええ、ご亭主の豆腐料理はとても美味しいですから」

そう嬉しそうに応える彼がまた可愛くて、

「今日は恋人にも食べさせたくて連れて来たんです」

喉に、豆腐が詰まるかと思った。

「そうかい、お嬢ちゃんはお兄ちゃんの恋人なのかい」

お似合いだなぁ、と笑う亭主の声。ありがとうございますと応える兵助の声。自分の顔が赤くなっていくのが嫌でもわかった。
そうだ。私たちは恋人だ。忍術学園に居ると、自分たちが恋人だなどという意識はあまりしている隙はない。
恥ずかしさを誤魔化すように、料理を口に運んだ。
料理を食べ終え、店に入ってきたときとは逆に暖簾をくぐる。

「ご馳走様でした。お勘定、いつも任せっきりでごめんね、でも兵助が言ってた通りすごく美味しかった!」

「気に入ってもらえて良かったよ」

そうしてしばらく、学園までの帰路を辿っているときだった。

「わっ」

突然足が縺れてしまい、咄嗟に兵助の袖に掴まってしまった。

「どうした?」

「鼻緒が…」

草履の鼻緒がぶつりと切れてしまっていた。

「ちょっとそこの岩に腰かけて」

導かれるまま道端にあった大きめの岩に腰をおろして、鼻緒の切れた左の草履を脱いだ。
兵助は手拭いを取り出し縦に裂いた。
てきぱきと鼻緒をすげる彼の手つきに見惚れる。

「すごいね」

「これくらいなら簡単だよ」

手際よく整えて、よし、と一言呟いた。

「ほら、応急措置だけどこれで歩けるだろう」

そう言って左足に履かせてくれた草履はぴったりと足に合った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

早速歩き出した私の意識は全て左足にもっていかれる。

兵助がすげてくれた草履。
元の鼻緒の柄と、ちぐはぐな手拭い。不恰好でいて、足にしっくりくる草履。

兵助は出会ったときからそうだった。
何か困っていると、それをなんでもないことの様にいとも簡単に解決してしまうのだ。私はそれに、もう何度も救われてきた。

私は彼に、それに相当する何かを返せているのだろうか?

「名前、足、痛くないか?」

ぼんやり考えていた頭にすっと入ってきた声に顔を上げると、少し先を歩く彼が眉の下がったような、穏やかな顔でこちらを振り返っていた。
ほら、と差し出された手が私を待っていた。小さくうん、と頷いてから、その手を握りかえす。いつもは少しひんやりしている彼の手は、温かかった。

見慣れた門が、もう道の先にまで見え始めた。



とある休日


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