(愛してるから幸せになってほしい)

身勝手な言葉一つ残して伊作は私の前から消えた。どこまでも勝手な男だ、溢れた笑みは嘲笑だった。それはきっと私自身へ向けられているのだと思う。もっとちゃんと引き留めておけばよかった。離れていってしまう前にあの薬草の臭いが染み付いた優しい手を掴んでおけばよかった。

「馬鹿だなぁ、」

呟いた言葉が意味を持って自分に返ってくる。ほろほろと滑り落ちる雫は温かかくて、それが余計に寂しくさせる。

「一緒にいられることが一番の幸せだったのに」

今更すぎるその言葉は椿のように落ちて、消えた。



Monotheism



「近代の文学において太宰が果たした役割は…」

眠気を誘う教授の声が教室内を満たしていく。あぁ、眠い。ひっそり噛み殺していた欠伸は既に十回を上回った。もういっそ、寝てしまおうか。そんな考えが頭を過ったけれど、この講義を選択していて、尚且つ真面目にノートを取っている友人もいない。期末に痛い目にあうのが目に見えていた。仕方ない、単位の為だ。気合いを入れるために髪を一つに纏めればほんの少しだけ目が覚めたような気がした。

「さっきの講義、眠そうだったね」

「え、あれ、見てたの?」

「うん、教授の部屋に行くときにね」

モカフラペチーノを啜っていた伊作が思い出したように言うものだから、少し驚いた。教室でも結構奥の方に座っていたつもりなのに、と溢せば伊作は得意気に笑った。

「名前のことはいつもよく見てるからね、すぐに見つけられるよ」

柔く笑んで伊作がそう言った。自然と熱くなる頬に手をあてると得意気な顔が視界に入った。

「何よ」

「いやぁ、僕の彼女は可愛いなぁって」

「………うっざ」

素直になれない口が可愛くない声と言葉を吐き出しても、伊作は嬉しそうに笑ったままだった。 何もかも見透かしたような顔が、私ばかり想っているみたいで腹立たしい。頬を膨らませたままキャラメルラテを啜っているとまた何かを思い出したように伊作が言った。

「名前は僕と一緒にいて幸せ?」

「何で?」

「いや、なんとなく」

不意に口から飛び出してしまった言葉をもて余しているのか、伊作は眉尻を下げている。自分でも分からないことを人に聞くとは、呆れたせいかぽかんと口が開いた。我ながら間抜けな顔をしていることだろう。不運が過ぎて頭でもおかしくなったのか。どうしたものか、眉間にしわを寄せているとこみ上げるように息が漏れた。

「幸せじゃなきゃ、一緒にいないでしょ」

する、と息を吐き出すみたいに出てきた言葉はまるで私のものではないように思える。何か、伊作の気分が分かったかもしれない。なんとなく、の言葉をずっと待っていたかのように伊作が笑う。つられるように嬉しそうな声がやっと言えた、と弾んでいた。


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