部活から帰ってくると、乱雑に物が散らかった部屋に人の気配を感じた

ただいま、などと口にしても返事が返ってこないのは百も承知だ

靴を脱ぐと、生温い空気が漂う俺の唯一の居住スペースに足を向ける

玄関からはよく見えなかったが、部屋の窓側で名前が倒れこむ様な形で昼寝をしていた

名前ってのは実家の近所に住む幼なじみの1つ年下の女子高生

俺はというと、実家から少し離れた地元の大学に進学したため現在風呂とトイレと台所付きのワンルームに一人暮らし

出かける際に鍵は閉めていったはずなのに、名前はどこから入ったんだか

第一何故ベッドではなく床にごろ寝なのかが謎だ

外はじりじりと太陽が自己主張を強める季節で、帰宅直前は家の中の熱気に覚悟していたんだが、名前が窓を開けてくれていたらしく、風が舞い込んできてなかなか涼しい


(……しかし、まぁ無防備な)


幼なじみと言えど仮にも年頃の娘が男の一人暮らしに上がり込んで寝ているだなんて

視線を名前から天井の角の方に移しながらそんな事を考えてみる

白いふわっとしたフォルムのワンピースは捲れる事もなくきちんとした丈のままだし、名前がこのまま妙な寝返りさえしなければ文句を言われる事はないだろう

胸まである真っすぐとした髪の毛は、普段とは違ってだらしなく結われている

柔らかそうな髪の毛に思わず手を伸ばしそうになって我に返った


(何をしようとしてんだよ…!俺…!)


伸ばしかけた右手を左手で押さえながら再び名前を見てみる

去年までは一緒に高校に行ってたんだよな

夏服のセーラーに身を包んで、かちっと編んだみつあみの名前を思い出した

夏期補習が必修になったと渋々学校に行っていた俺を見るなり、アタシも行く!と自主登校をしだした日には呆れたもんだ

いや、真面目でいいんだけどな

はっちゃんはっちゃんと後ろを子犬みたいについてきていたのに、何だか今日は違って見える気がするのは何故だろう

夏特有のじわっとした気温にお互い汗を浮かべ、彼女の顔には髪がへばりついている

名前は寝言も言わずに寝ているし、俺も特に何を口にするでもなく、部屋には外から聞こえてくる蝉の声だけが響いていて

どうすればいいのか判断することすら面倒くさくなる


「…ん、」


そう名前が身動ぎした瞬間、何故だか猛烈に焦りを感じた

いやいや、ここは俺の部屋だし、勝手に上がり込んで寝ているのは名前だし、俺は(かろうじて)手は出していない…!

自分に必死に言い聞かせていると、彼女はだるそうに体を起こし、ぼんやりした眼で俺を見た


「……はっちゃん」
「お、おう」
「…………」
「…………」


まだ頭が起きていないのか、急に言葉が止まってはこちらも返しようがない


「……!はっちゃん!」
「はい」
「一緒にアイス食べよう!」
「はぁ?」
「かき氷でもいいけど」
「いや、お前それだけの為にここ来たのか?」
「……?うん」

(っだぁぁぁぁ!意味が分からない!だけどこいつやっぱかわいいっ!)


ちなみに皆様に一言(いや、皆様って誰だよ!)

お付き合いはしていませんが、過去にプロポーズは受けております

アタシおっきくなったら、はっちゃんのお嫁さんになる!って奴をね


みんみん蝉の鳴くところ


(そういえばお前どこから入った)
(玄関、おばさんが郵便受けに鍵があるって教えてくれた)
(……おふくろ!)
(はっちゃん、進路相談のってよ)
(あぁ、お前今年受験あるしな)
(ううん、はっちゃんのお嫁さんになるか、大学に行くか)
(ぶっ…!)


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