放課後の教室(貞)

 空が茜色に染まり、教室に残って談笑していたクラスメイト達もほとんど帰ってしまった。
 そんな中でシンジは黙々と黒板を拭いている。
 窓の外で黒板消しをはたいては黒板を拭き、またはたき、拭く。
 これ以上拭く意味などないであろう、ピカピカになった黒板。日直でもないシンジが何故こんなに黒板をきれいにしているのかと言えば。
「あは、シンジ君待っててくれたの?」
「…別に、待ってない。ちょっと掃除してただけ。」
 お気楽な声で話し掛けてくる渚をシンジは振り返らずに気持ちと裏腹なことを言った。渚がこの教室に来るのをずっと待っていたのに素直になれないシンジ。
「シンジ君、嘘下手だなあ。」
 進路指導の二者面談で渡されたプリントを持っていた鞄へ乱暴に突っ込んで渚が笑う。
「別に嘘なんかじゃない。…ってか渚の方こそ何でうちのクラスに来るんだよ。用事なんて別にないだろ?」
 毎日一緒に登下校をしているのだから渚がシンジのクラスを訪れることには何の不思議もない。
 それなのにこんな風にシンジが渚に突っ掛かっていくのには理由があった。
 シンジよりひとつ学年が上の渚は、次に春が来たら卒業してしまう。その何とも言えない寂しさと心許なさ、不安感がシンジの心を頑なにしているのだ。
「用事ならちゃんとあるよ。僕はシンジ君と帰りたい。」
 一向に自分の方を見ようとしないシンジを背中から抱き締め、耳元で渚が囁く。シンジが渚の腕の中でじたばたと暴れた。
「僕は…渚となんか帰りたくない!僕を置いていく渚なんかと…!」
 何とか渚の腕から逃れようと抵抗したシンジは、しかしそれが叶わず渚に抱き締められたまま荒い息を吐いた。
「…僕はシンジ君を置いてったりしない。高校に上がったって、大学に行ったって、社会人になったってシンジ君とずっと一緒にいる。」
 『いたい』ではなく『いる』という言葉を使うところが渚らしい。渚の中でのシンジとの未来は希望的観測ではなく必ず掴み取るという強い決心の先にある。
「そんな嘘…信じられない。」
 シンジの声がくぐもっているのは泣くのを堪えているからだろう。世の中に絶対などないと思い知っている14歳の少年に、簡単に信じろというのは無理な話なのかもしれない。
 それでもシンジが不安を感じるなら、渚はそれを拭い去ってやりたかった。他の誰でもない、自分がこの孤独な少年を守ると誓ったのだから。
「…今は信じられなくてもさ、僕だけを見ててよ。僕が君にキラキラの未来、見せるからさ。」
「バカ渚…」
 とうとう溢れだした涙がシンジの頬を伝い落ちる。渚はそんなシンジを自分の方へ向かせるとそっと口づけた。
「シンジ君、好きだよ。」
 渚の深い愛情を感じ、満たされていくシンジの心。幸せで目眩がした。彼の思いに応えたくて、シンジは言葉を紡ぐ。
「……僕も。」
 それは僅かな風にさえ書き消されてしまいそうな、甘い甘い告白だった。

(僕はこの茜色の教室を一生忘れない)

‐おしまい‐



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渚は一度決めたことは何が何でも実行するタイプではないかと思います。頑張れ渚。シンジ君を娶るために『シンジ君のお父さん』という壁を越えるんだ!



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