弦楽二重奏(庵)

 放課後、シンジがチェロを担いで音楽練習室を訪れると既にカヲルが譜面台や椅子をセッティングし終えていた。
「ごめんねカヲル君。遅くなっちゃった。」
「今日は日直だったんだろう?仕方ないさ。さあ練習を始めよう。」
 カヲルが譜面台に楽譜を置いたので、シンジも慌ててチェロを取り出した。そして二人で呼吸を合わせ、弾き始める。
 曲目はベートーヴェンのバイオリンとチェロのための二重奏。
 バイオリンの美しい旋律とそれを支えるチェロの優雅な音色が練習室に豊かに響き渡り、バイオリンを弾きながらカヲルはうっとりと目を閉じた。だが一方でシンジの顔色は冴えない。
 カヲルがバイオリンを弾く手を止めた。
「どうしたんだい?シンジ君。何か悩んでいるようだね。」
「あっ…ご、ごめん。その…音がしっくり来ないなって思って。カヲル君はとてもいい音色なのに僕の音が合わないっていうか…」
シンジが自信無さげに俯く。
 私立の中高一貫校の音楽科に通うシンジとカヲル。此処は幼くして音楽の道を志す生徒ばかりが全国から集まってくる学校だ。この学校に入学出来ることすら大変なことなのでそれだけシンジのチェロの腕前は確かなのだが、級友たちのレベルの高さにシンジは最近自信喪失気味である。
「そんなことはないよ。シンジ君の音はいつだって素晴らしい。」
 カヲルは絶賛してくれるがシンジは浮かない顔のままだ。
「…僕、カヲル君の足を引っ張ってる気がして。二重奏、僕よりも君に相応しい人がいるんじゃないかな。」
 学期末に行われる音楽祭にカヲルとシンジはデュオでエントリーしている。今更ペア解消というわけにはいかないのだが、シンジはそう言ってため息をついた。
「シンジ君、僕は君以上のチェリストにはもう出会えないと確信しているよ。僕はずっとソリストを目指していたけれどシンジ君と出会って君と一緒に音楽を奏でていきたいと思ったんだ。」
「…カヲル君、でも僕は、んっ…!」
 シンジの言葉を遮るようにカヲルがシンジにキスをする。
「僕にはシンジ君が必要なんだ。」
 赤い瞳で見つめるとシンジが困ったように目を逸らした。その瞳は不安に揺れている。
「僕も…僕だってカヲル君とずっとやっていきたい。でも、僕なんて全然ダメなんだ。」
 小さな呟きだがその悩みの深さは計り知れない。すっかり落ち込んでしまったシンジにカヲルはやわらかく微笑んだ。
「技術なんて練習でいくらだって身につけられる。でも僕達の音は僕達でしか奏でられないんだ。…うまく弾こうという気持ちは一度捨てて音で会話してみようよ。」
 シンジは気乗りしないようだったが、カヲルに促されもう一度呼吸を合わせて曲を弾き始めた。
「僕の音を聴いて、シンジ君。」
 弾きながらカヲルに言われてシンジは耳をすませる。いつもと同じカヲルの優美な音色だ。まるでシンジに愛を囁くような甘い音。シンジはカヲルの愛に応えるように弓を動かす。すると今まで弾いたことのないような穏やかな音色が生まれた。
「何ていい音だろう。シンジ君の心が伝わってくる。」
 カヲルは嬉しそうに笑うと、シンジをエスコートするように曲を進める。
 二人の音が濃密に絡み合い、時折追い掛けっこするように弾み、そして手を繋ぐように重なって曲がフィニッシュを迎えた。
「これが、僕達の音…?」
「そう。僕達にしか出せない音色だよ。…シンジ君は満足出来ない?」
 カヲルに尋ねられてシンジは首を横に振る。
「僕、こんなに気持ちのいい音出せたの初めて。カヲル君と一緒だからだね。」
 そう言って漸く微笑んだシンジ。確かな手応えを感じたようだ。
「カヲル君…弱音吐いてごめんね。僕もカヲル君とずっと一緒にいたい。だからこれからもよろしくね。」
「僕の方こそ。よろしくね、シンジ君。」
 カヲルは満面の笑みを浮かべて、照れたようにはにかむシンジを抱き締めた。

‐おしまい‐



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音楽の知識が全くない私はもちろん弦楽二重奏曲のことも全く知らず。YouTube様にはお世話になりました。それにしても曲の雰囲気を言葉で表すのって難しいですね。



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