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月が綺麗だね(庵)
溢れそうな涙をこらえて、シンジはひたすら夜道を走っていた。何かから逃げるように、何かを振り切るように、必死で走った。
走って、走って。辿り着いた人気のない公園でようやくシンジは足を止め、荒い呼吸を落ち着かせようとひとりブランコに座った。
シンジの右手がそっと自分の唇に触れる。そこにに残るのは夢にまで見た温かな感触。そして夢よりも甘い、リアルな感触だった。
「ごめん…ごめんなさい。」
夜風にシンジの謝罪の言葉が消えていく。脳裏に赤い瞳で微笑みかけるカヲルの姿がよぎって、シンジはとうとう泣き出した。
シンジがカヲルに口付けられたのはつい先程のこと。カヲルの部屋で一緒に宿題をして、晩ご飯を食べて、そろそろ帰ろうとしていた時のことだった。
カヲルに強引に腕を引き寄せられて気づいたら唇が重なっていた。
「好きだよ、シンジ君。」
カヲルが声が耳に心地よかった。そして唇に残る柔らかな感触も。
カヲルに友達以上の思いを抱いていたシンジにはその告白が本当に嬉しくて、幸せで、けれど、不安だった。
始まったら必ず終わる。大切にしたいものは皆自分の手をすり抜けていく。シンジはそれがひどく恐ろしかった。
「ご、ごめんカヲル君。僕、帰るね。」
カバンをひっつかみカヲルの部屋から飛び出るとシンジは夜道をあてもなく走り出したのだった。
ゆらゆらとたゆたうようにブランコに揺られているとポケットの中の携帯が鳴った。
着信の相手はカヲルだった。
「も、もしもし…?」
おずおずとシンジが話すと電話の向こうでカヲルがホッと息をついた。
『シンジ君、空を見上げてごらん?』
いつもと変わらないカヲルの穏やかな声音が耳に届く。
言われるままに空を見上げるとそこには美しい満月が輝いていた。
『月が綺麗だね…シンジ君のところからは見えているかい?』
「…うん。とってもきれいだね。」
一瞬、沈黙が流れる。
『僕はね、君とこの月のようになりたいんだ。』
「カヲル君?」
カヲルの言いたいことがシンジには分からない。
『昇った月は必ず沈む。満月の後には新月がある。けれど必ずまた月は昇るし、満月も巡ってくる。僕と君もそうだろう?』
「カヲル君、何を言っているの…?」
カヲルの言葉はシンジには難しすぎる。何か伝えようとしてくれているのに分からないのがもどかしい。
『君は終わりを恐れているね。でも僕たちに終わりなんてないんだ。どんな危機が起こっても夜空にまた月が昇るように乗り越えることができる。今日が終わっても明日が必ず来るようにね。』
「カヲル君…!」
シンジの瞳から再び涙が溢れだした。シンジの不安が、カヲルの言葉に溶けて消えていく。
『好きだよ、シンジ君。君は僕のことが嫌いなのかい?』
嗚咽が止まらなくて、シンジはしばらく何も言えなかった。
「ぼく…僕、カヲル君のこと、好きだよ…」
電話の向こうでカヲルが笑った。微笑みに揺れる吐息が伝わってくる。
『それじゃあシンジ君、今から君を迎えにいくね。一緒に僕たちの月を見よう。』
ぷつりと電話が切れた。
夜風に冷えたシンジの身体をカヲルが抱きしめるのはそれから数分後のことだった。
‐おしまい‐
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庵カヲル難しい!庵カヲルは詩的なセリフが魅力ですが、私の頭ではこれが限界でした。
でも自分では絶対に思いつかないお題なので、書いていて楽しかったです。
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