01.プロローグ



「…やばい、寝過ごした…」


布団から飛び起きると、私は持っていた目覚ましを投げ出して、急いで部屋を出た。
時刻は8時15分。
本来なら、とっくに家を出ている時間だ。


「お母さんなんで起こしてくれないのってそうだ今日は仕事で早いんだったじゃあお父さんって出張中だったうわーもー最悪夜更かしするんじゃなかったああああ!」



一通り思ったことを叫びながら、慌てて支度して家を出る。
鍵を閉めて、全速力でダッシュした。

ああもうなんでこうなったんだ3時までイナイレやってたからかいや風丸くんが可愛いのがいけないんだいやでも風丸くんだから許す。
走りながらまた、ぐるぐるぐるぐる考える。


最近、友達に勧められたイナズマイレブン。
アニメを見て、見事に嵌まってしまった私は、つい先日買ったゲームに夢中だった。
中でも特に、風丸くんが大好きな私。
風丸くんのブロマイドを写真立てに飾ったり、トレカを手帳に挟んだりして、事有る毎に眺めては幸せに浸っている。
…変態?まあ否定はしない。
恋する乙女はいつだって誰だって変態的だ。とまあ、方向性は多少危ない気もするが、こんな感じに、JCライフを満喫していた。









キキーーーーーッ


「え、」






つい、さっきまでは。
























** 僕らの世界 **
















「……ん…」



目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
何処を見ても、白。
周りには、何もない。
なんだか、重力すら無いような不思議な感じ。





「…何だこれ」

ていうか、何処だここ。
見回していると、ふと後ろから声がした。





「みょうじなまえさん」
「!」


名前を呼ばれて、振り返る。
そこには、一人の少年が立っていた。

透き通る黄金色の髪に、水色の瞳。
お人形さんのような整った目鼻立ち。
私より少し高い背丈。
その身に纏う、純白の衣。
そして、背中に、生えている、






「……羽根…?」



白く輝く、大きな翼。

なんだ、これは。
まるで天使みたい。
私は、夢でも見ているのか。


「夢じゃないよ」
「…!」

思っただけの言葉に反応されて、びくんと肩が跳ねる。
何なんだこの子。
心読まれた?
そう考えていると、彼は、くすりと笑って頷いた。
…本当に、読まれてるんだ。



「僕はね、天使なんだよ」
「…て、天使?」
「君が此処に居る理由、解る?」
「理由…?」


私が、ここに居る理由…?
どういう事?


「…じゃあ、質問を変えようか。君は、今まで何をしていたの?」

今まで、って…?
そういえば、覚えてるのは確か、学校に行く途中だった、という事。
寝坊して遅刻しそうで、慌てて家を飛び出して…



「…あれ?」


それから、私…
どうしたんだっけ…





「覚えていないようだね。まあ、それも無理はない。一瞬の事だったから」
「え…?」
「君はね、なまえ」






交通事故に遭ったんだよ。



その言葉を聞いて、記憶がフラッシュバックする。慌てて飛び出した交差点。
点滅する青信号。
つんざくような急停車の音。
ぶつかった衝撃は、一瞬全身が圧迫された感覚しか憶えていないけど。



「…私、死ん、だの?」


突然怖くなって声が震える。
一瞬視界に映っただけの大きなトラックが、やけにはっきりと脳に焼き付いていた。



「いや、死んではいないよ」


包み込むような声。
目の前の彼は、優しく子供をあやすように私に話した。

「君はね、今、生死をさ迷っているんだ。まだ生きられるかもしれない、けれど、死んでしまうかもしれない。そんな曖昧な魂がその間留まるのが、この空間なんだ」

そう言いながら、彼が私の頭を撫でる。
…途端、眠気にも似た感覚に襲われた。



「実はね、僕は、以前から君の事を知っているんだ」
「え…?」
「それで、気に入ってしまったんだよ。君を」


…何なんだ、どういう事だ。
段々とくらくらしてきた頭を、必死で回転させる。



「だから、まだ生かしてあげたいんだ」
「…どういう、意味…?」

気を振り絞って問うと、彼は、ふわりと笑った。








「新しい世界へ、連れていってあげるよ」






その言葉が全て聞こえる前に、私の意識は途切れた。