スキャンダル

※CP発言有り注意!










「よぉ、ナマエ!」


テレビ局内、進撃の収録スタジオに向かおうとエレベーターを待っていると、共演者のジャンに声を掛けられた。



「ジャン、おはよ」
「おはよう。ナマエも今から進撃だよな?一緒に行こうぜ」
「うん、…あ、でも…」
「ん?」
「私と二人で居て、大丈夫なの?」
「大丈夫って何が…って、ああ、あれか」



言い掛けて、ジャンが思い出したように苦笑する。

あれ、というのは、先週発売された週刊誌の記事のことだ。
進撃の収録終わりに皆でご飯に行った際に、たまたまジャンと話していた所をあたかも私達が二人きりで会っているかのように撮られてしまったのだ。
お陰でマスコミに付き纏われるわ社長に呼び出されるわで、付き合うどころか良い感じですら無かった私達は予想だにしない多大な迷惑を被った。

…しかし、密かに彼に好意を寄せる私個人としては、不謹慎ながら嬉しい事だったりするのだけど。
なんて、そんな事を私が思っているとは露も知らず、ジャンは気怠そうに頭を掻いた。




「あー…まあ、局内だから大丈夫だろ。しかし、あれのせいでマネージャーにがっつり締められたぜ」
「私もだよ。ごめんね、私なんかと撮られちゃって」
「いや…俺の方こそ悪かった。油断してた」
「いいの、ジャンのせいじゃないよ。まさかあの人数とメンバーの中で、私が撮られるとは思わなくて…」



あの時は十人近くメンバーが居て、中にはハンジさんのような人気女優やミカサのような大型新人も揃っていた。
なのに、何故私みたいな準レギュラーな小物役者を選んだのか理解できない。

まあ、ジャンを狙っていたのなら話は別だけど。
ジャン・キルシュタインといえば、今女子の間で人気爆発中のアイドル俳優。
マスコミとしては、そういった話題にもってこいなのかもしれない。
たまたまツーショットで写せたのが私達だっただけ、という事も有り得るし。
何にしろ、私なんかじゃ実際にジャンとあんな風になれるなんてある筈ないんだから、いい記念になったとこっそり思っておこう。

災難だったねぇ、と笑っていると、ジャンが此方に顔を寄せ、声を抑えて話した。
不意に縮められた距離と近付いた横顔に、内心ときめいちゃったのは内緒だ。





「…けどよ?他の奴等は、マジでデキてるのも結構居るみたいだぜ」
「らしいね。ハンナとフランツとか…アニとベルトルトも付き合い出したみたい」
「やっぱりか!あいつら前から怪しかったんだよなー。そういやライナーも、クリスタにアタックしてるって言ってたな」
「あっ……それ、クリスタが困ってるんだよね…」
「マジかよ!?ははっ、ライナー振られてんじゃねえか!」
「もう、笑ったら可哀想だよ」


ツボに入ったのかお腹を抱えて笑うジャンを窘めていると、やっとエレベーターが到着した。
中には誰も乗っていなくて、扉を押さえてくれたジャンに礼を言って先に乗り込む。
こういう然り気無い部分が紳士で、きゅんとしちゃうんだよね。
続いてジャンが乗ったのを確認してから、階数ボタンを押して扉を閉めた。





「…ナマエは、そういう奴居ないのか?」
「そういう奴って?」
「ナマエの役はアルミンとかコニーと仲良いだろ?普段もよく話してるし、フランツ達みたいな…なんかないのかよ」
「わ、私は別に…アルミンもコニーも、そんなんじゃないよ」


突然自身に振られた話題にどきりとしながら答えると、ジャンはそうか、と一言だけ呟いて俯いてしまった。
急に変わった彼の雰囲気になんだか気まずく感じて、慌ててジャンに話を返す。



「そ、そういうジャンこそどうなのよ?好きな人とか居ないの?」
「え…」
「ほら、ミカサとか、さ。役ではベタ惚れでしょ」
「……俺は…」
「ミカサって可愛いし、優しくて良い子だし。好きになってもおかしく…」
「……」
「…ジャン?」




どうやら、私は発言の選択を間違えたようだ。
さっきまでの明るい雰囲気を取り戻そうとしたのに、逆に彼の言葉を奪ってしまった。
何か気に障る事を言ってしまったのだろうか。



「えっと…ジャン…?」
「……」


口元に手を当て、考え込むように俯いているジャン。
どうしよう、私変な事言っちゃったのかな。
まごまごと狼狽えていると、ちりん、エレベーターの到着した音。
見上げると目的の階数が表示されていて、扉が開いた。
黙ったままのジャンはやはり扉を押さえてくれて、私が先に廊下へ出る。
礼は言うものの、この気まずさを解消したくて、早くスタジオへと入ろうと歩き出した。




「えっ…?」



が、ジャンの手が私の手を捕らえて、歩みを止められた。




「ジャン…?」
「……俺は」


ぽつり、呟かれたそれに、私は耳を傾ける。




「俺はさ、共演者の中に、好きな奴が居るんだ」



やっと紡がれたジャンの言葉に、今度は私が口を噤む番だった。
ひっそりと温めていた恋が、ぐしゃりと潰れる音を立てた気がした。





「実は前から気になってたんだけどさ、今回初めて共演して、余計に意識しちまって。役としての絡みは少ないけど、皆で騒いでる時とか、話しやすいし、優しいし、可愛いし…直ぐに本気になった」



ジャンが頬を赤くしながら話す。
何故、そんな事を私に言うの。
思ったって、元々それを問い掛けたのは私で、自分で自分を追い詰める結果になって。
なんだか情けなくて、切なくて、泣きそうになるのを必死で堪えた。




「こんなに誰かを好きになったのは初めてで、でも仕事上そんなの誰にも言えなくて…だけど、どうしようもなくて、全部俺のものにしたくなった」
「…そう、なんだ」
「ああ……だから、この間の週刊誌の記事を見た時は、正直嬉しかった」
「……え…?」



週刊誌…?
驚いてジャンの顔を見ると、ジャンは体ごと此方に向けて、私の両肩を掴んだ。
正面から真っ直ぐに見るジャンの目を、逸らすことも出来ずに見上げる。




「告白なんて柄じゃねえし、言わないつもりだったが、やっぱり本気になっちまったから…どうしても、あの記事をホンモノにしたいんだ」





あの記事って。
ホンモノって。
もしかして、それって…?







「…ナマエ、好きだ。俺と付き合ってくれ」





夢みたいな言葉が、私の中で反芻される。
私に向けられた言葉だなんて、信じられなかった。
片想いで終わる恋だと、思っていたのに。
叶う恋だなんて、思ってもいなかったのに。
けれど、目の前で揺れるジャンの瞳が、紛れもない現実なのだと語った。

目の奥が熱を持ち、喉が詰まり、手が震える。
視界が滲んできたから、本格的に泣き出してしまう前にと、必死に声を絞り出した。




「っ私も、好き…ジャンが好き…!」



言い切る前に溢れてきた涙を、両手で拭う。
嬉しいと泣きながら笑む私に、ジャンは暫し目をぱちくりさせた後、満面の笑みでガッツポーズをした。




「っしゃあ!すげえ嬉しい!嬉しすぎて死にそう!」
「お、大袈裟だよぉ…」
「全然大袈裟じゃねえよ、振られたらこれからどうしようかと思ったぜ!」
「…ふふ」



なんだか恥ずかしくなり、ポケットからハンカチを出して目元を覆う。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を見られたくなくて、顔全体を隠して俯いた。




「…ナマエ」



名前を呼ばれ、体に圧迫感、ぎゅっと抱き締められる。
目元を覆っていたせいで、一瞬遅れてそれに気付いた。
気付いた途端に、発火するんじゃないかと思うほど全身が熱くなる。
男の人に抱き締められるなんて、演技ですらした事がなかったから、緊張どころじゃない。




「ジャン、あの、えっと…」
「…ありがとな、ナマエ。すげー嬉しい」
「わ、私も…っその、ありがとう…」



腕の中から見上げると、ジャンの赤い顔が至近距離で笑っていた。



「ええと、その…これからもよろしくな、ナマエ?」
「…っうん…!」




閉じ込めていた私だけの初恋は、二人の秘密の恋へと花を咲かせた。













スキャンダル









その後スタジオに入ると、一部始終を見ていたらしいエレンが既に言い触らして回っていた。