10.迷子の為の救世主







「ええと…こっちだったかな?」


プリント片手に廊下をうろうろと歩き回る放課後。
理科準備室へ向かおうとしたのだが、階段を上ったところで早速迷ってしまった。
前の学校で習っていない分の範囲を先生がプリントにまとめてくれたので、其れを提出しようと思ったんだけど。
つい二、三日前に風丸君に案内して貰ったばかりなのに、まさか覚えてないだなんて…

こんな事なら、遠慮しないで守君や秋ちゃんに付いてきて貰えば良かった。
大丈夫だから先に部活行っててー、とか言うんじゃなかった。
全然大丈夫じゃないです助けてヘルプミー。
既に半泣き状態でうろうろしていると、後ろから聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。




「みょうじ?」
「か、風丸君…!」


神か!神なのか君は!
思わぬ救いの手に、直ぐ様振り向いて彼に駆け寄る。



「良かった…助けて風丸君!」
「ど、どうしたんだ?」
「うう、実はね…」





理科準備室への道程を迷ってしまった旨を伝えると、風丸君は案内を申し出てくれた。
本当に神だ。天使だ。いい子すぎる…!
感激して、ありがとうと御礼を述べたのだが、直ぐに彼を引き留めてしまった事に気付いた。



「あっ、ごめん!風丸君、今から部活に行くんじゃ…」
「いや、俺も今から理科室に行くところだったんだ」
「え、そうなの?」
「ああ。だから、一緒に行こうぜ」
「…うん、ありがとう」


そういえば、教室から部活に行くのにこの廊下は通らないもんね。
風丸君も同じだったんだ、とほっと安心した。
じゃあ行こうか、と風丸君が先導してくれる。
最近やっと風丸君と話すのにも慣れてきたなあ、なんて感じながら、雑談混じりに足を進めた。







「失礼します」



こんこん、とノックをして理科準備室の扉を開ける。
持っていた紙の束を、戸棚の整理をしていたらしい先生に差し出した。



「先生、この間のプリント持ってきました」
「みょうじか、わざわざすまんな。どうだ、プリントだけで大丈夫だったか?」
「はい。先生のプリントって、凄く解りやすくて、これだけでも充分理解できました」


幾つか言葉を交わして、手元のプリントを手渡す。
先生の書いてくれた其れは本当に解りやすくて、理系が苦手な私でも一人で自習が出来た。
先生に御礼を言うと、分からない所が合ったらいつでも聞きに来いよ、と言われた。
まだ数回しか話してないけど、優しくて気さくな良い先生だ。
男女関係無く好かれている先生だけど、きっと風丸君達みたいに特に女の子に人気なんだろうなぁ。
…あ。なんか風丸君が女子人気高いって考えたら、凄く遠い人みたいに感じてきた。
雷門の女の子って可愛い子多いし、私なんかそういう類いの眼中に入ってすらないんだろうな…
先生と話しながら、ついそんな事を考えてしまった。








「失礼しましたー」



最後に一言投げ掛けて、教室の扉を閉める。
廊下で待っていたらしい風丸君が、じゃあ行こうぜ、と促した。

……ん?
おかしいな、何か忘れてるような…??







「……あれ?」
「どうかしたか?」
「そういえば、風丸君の用事は…?」



たしか風丸君も、理科室に用があるって言ってたよね?
そう訊ねると、風丸君はとぼけたように笑って、






「ん?用事って、何の事だ?」



えっ、あれ、でもさっき…
だって、わざわざ階段上って…
…あれ、もしかして、えっ?

色々考えたところ、ちょっと自惚れの強い結論に至ってしまった。





「……もしかして、風丸君、始めから私の為に…?」


恐る恐る訊いてみると、此方を向いた風丸君がにこりと綺麗に笑った。




「……さあ?」
「…!!」


思わず口を噤んだ私に、早く部活行こうぜ、と風丸君が歩き出す。
数歩遅れて足を踏み出した私の顔は、きっと耳まで赤くなっているに違いない。

サッカー部のグラウンドに着くまで、私は火照った顔を上げる事が出来なかった。