06.出逢い






「そういえば、イヴはなんで二本も薔薇持ってるの?」


イヴの握り締める薔薇を見て、ふと口に出す。
命と薔薇が同一だとすれば、一人一本ずつって事になると思うのだけど。
問われたイヴは手元の二輪に目を落とした後、先の扉を指差した。


「多分、向こうにいた人の薔薇…だと思う」
「多分?っていうか、他にも人が居るの?」
「うん、倒れてたの」
「倒れてた!?」


大丈夫なのその人、と慌てる私に、イヴは落ち着いた様子で、薔薇を活けたから多分大丈夫、と言って扉を開けた。




「…うう…」
「あ」
「ほらね」


進んだ先には、頭を抱えて座り込んでいる男性がいた。
どうやら彼が青い薔薇の持ち主らしい。
先程まで倒れていたとイヴは言っているから、薔薇を活けて回復したという事なんだろう。


「大丈夫ですか?」
「うわっ!」


イヴを引き連れて駆け寄ると、びくりと男性が後退る。
余程怖い目にあったのか、酷く怯えているようだ。
咄嗟に数歩手前で足を止めて、軽く両手を振ってみた。


「な……今度はなによ!もう何も持ってないわよ!」
「だ、大丈夫です!絵画の人とか、もう居ませんから!」
「って、あら…?」


私の言葉に反応して、彼は後退りをやめて辺りを見回す。
そして私やイヴの姿をまじまじ観察すると、ひとつ大きく息を吐いた。


「私達は、敵じゃありませんから」
「あ……あれ?アンタ達、もしかして…美術館にいた人!?」
「え…は、はい、そうです!」
「ああ、良かった!アタシの他にも人がいた!」


……って、あれ?女言葉?
一瞬女性だったのかと焦ったが、此方に寄ってきた体は確かに男性のもので、こっそりと安心する。
と同時に、あ、もしやこれがオネェキャラってやつか!と、友達経由の知識に納得した。
安堵の笑みを漏らす彼は、メッシュの入った青い髪が特徴的で、歳は見たところ私より幾らか上のようだ。
顔立ちもスマートで格好良い、お兄さんといった感じだろうか。
なんとなく女性口調も似合っていて、違和感は特に無かった。
まだ少し痛むのかこめかみを押さえる彼に、イヴが青の薔薇を差し出す。
驚いたように何度か薔薇とイヴを交互に見やると、彼は微笑んで薔薇を受け取った。


「ありがとう、アナタ達が助けてくれたのね」
「いえ、助けたのはこの子。この子があなたの薔薇を絵画の女から取り返してくれたんです」
「ううん、私は…お姉ちゃんが来てくれなかったら、きっとだめだったよ」


そっと頭を撫でると、イヴは照れ臭そうに肩を竦める。
それを見たお兄さんは、二人ともありがとう、と綺麗に笑った。


「本当にありがとうね。……ああ、遅くなったけど、アタシはギャリーよ」
「私、ナマエと言います。この子は、妹のイヴ」
「よろしく…」
「よろしくね、ナマエ、イヴ」


にこりと笑うギャリーさんと、それぞれ握手を交わす。
こんな格好良いのになんで女性口調なんだろうとか失礼なことを考えていると、お兄さんはどうやってここに来たの?とイヴが問うた。


「アタシは、美術館から迷い込んだのよ」
「じゃあ、もしかしてギャリーさんもゲルテナ展を?」
「ええ。中を見て回ってる途中で、いつの間にか誰も居なくなっちゃって。入り口も開かないし、出口を探す内に、ここまで来ちゃったのよ」
「…私達と、同じ」
「え?」
「私達も、美術館の中で急に一人になって…イヴとも、さっきやっと会えたところなんです」
「そうだったの…」


きゅ、と無意識にイヴと繋いだ手に力が籠る。
それを見透かしたかのように、ギャリーさんは私とイヴの頭を撫でて、頑張ったわね、と笑った。


「とりあえずさ…ここから出る方法を探さない?こんな気味の悪い場所、ずっと居たらおかしくなっちゃうわ」
「そうですね…」


ぶるりと肩を震わせて、ギャリーさんが先を促す。
どうやら、彼の来た道も閉ざされてしまったようだ。
私とイヴの通ってきた場所にはどちらも絵画の女が居たから、戻ることも出来ない。
……やはり、先に進むしかないのだろう。
そっとイヴの顔を伺えば、イヴはぎゅっと手を強く握って頷いた。




「分かりました。進みましょう、ギャリーさん」
「よし、決まりね!それから、敬語は要らないわ。気軽にギャリーって呼んでよ」
「えっと、でも…」
「うん、ギャリー」
「……」


年上だからと戸惑う私を余所に、イヴがあっさりとそう呼んだ。
見下ろすと、どうしたの何かおかしいのとでも言わんばかりに首を傾げているイヴ。
…まあ、本人が言ってるんだし、良いか。


「じゃあ、改めてよろしくね、ギャリー」
「ええ!よろしく、二人とも」


にこりと微笑むギャリーに、先程よりも表情の和らいだイヴ。
人数が増えて、イヴも安心してるし…何より、男の人が一緒なら心強い。
先陣切って進むギャリーの広い背中が、とても頼もしく見え、




ガタンッ、


「ぎゃーっ!」
「「………」」




……やっぱり、ちょっと先行き不安だなあ。