どきどきでいと!





日曜日、太陽が高くなりかけた頃。
少し早く待ち合わせ場所に着いた私は、周りを見回した。


「まだ来てない、よね?」


携帯を開いて時刻を確認して、身嗜みを整える。
服、変じゃないかな。
髪型、崩れてないかな。
…ちゃんと、笑えるかな。
近くのショーウィンドウに全身を映して、最終確認。
初めてのデートって訳じゃないのに、すごく緊張してる。
どきどきしすぎて、来なかったらいいのに、とまで思っちゃう。
ああでもやっぱり、早く来て欲しいな。


「…早く、会いたいな」
「誰に会いたいんだ?」


独り言のつもりで口にした言葉。
思わぬ返答が聞こえて、思わず身体が跳ねた。


「し、しししししん、どうくんっ!」


振り返った先には、会いたかった待ち人、神童君。


「待たせて悪い」
「あ、う、ううん、だっ大丈夫。私も今着いたとこだし、まだ待ち合わせの時間より早いし…」
「そうか、良かった」


ああ、緊張する。
そのせいか、思ったように口が動かなくて、更に焦る。
どもる私を見て、神童君はくすりと笑っ
た。


「…!」


またどきどき、心臓が活発に働き出す。
学校で見せる笑顔とは少し違う、柔らかい表情。
……格好良い、な。


「それじゃあ、行くか、なまえ」
「!う、うんっ」

つい見とれていると、神童君に促される。
歩き出すのかと思いきや、神童君は何故か、じっと此方を見詰めて、手のひらを向けた。


「あ、あの、神童君…?」
「…手」
「え、」
「手、貸して」


え、手、貸せって…?
それって、どういう……
理解が追い付かない私の手首を、神童君はがしと掴んだ。
突然の事に驚く私を尻目に、神童君はいつの間にか、指を絡めるように二人の手のひらを合わせていた。


「あ、あの…っ」
「…手、繋ぐの、嫌だったか?」
「つ、つなっ…!」


手を貸せって、そういう意味だったのか。
納得すると同時に、顔が熱くなった。
恥ずかしい、けど、う、嬉しい…!
嫌なんかじゃない。そう思って、ぶんぶんと首を横に振る。
あ、だめ、恥ずかしくて、顔見れない。


「嫌じゃないなら、良かった」
「う、うん…ちょっと、は、恥ずかしくて…」


神童君の安心したような言葉に、頑張って返事をして会話を繋げる。
手を繋ぐのだって初めてじゃないのに、どきどきする。くらくらする。
今にも倒れちゃいそうなくらいに。
ああ、もう、お願いだから、あまり私を惑わす事、しないで。


「…ああ、それと、なまえ」
「は、はい、なあに?」
「呼び方」
「…え」
「前に言っただろ、名前で呼んでくれって」
「…あ、えと、う、うん…」


そういえば、先週学校でそんな話をした。
神童君は名前で呼んでくれてるのに、私はまだ名字で呼んでるから。
名前で呼べって言われたんだった。
…でも、やっぱり、恥ずかしいよ…


「ほら、名前で呼んで」
「うぇ…ほら、って…」

神童君が顔を寄せる。
恥ずかしいけれど、手を繋いでるから逃げられない。
また顔を赤くして戸惑う私に、早く、と急かす神童君。
ああなんか楽しそうなんだけど。Sなのかこの人。


「ほら、なまえ、早く」
「う…」
「拓人って、言って」
「…あう…」
「ほら…」


どくどくどく。
心臓が音を立てる。
神童君の顔が、近付く。
耐えられなくなって、思い切って喉に力を入れた。


「……った…たく、と…くん」


絞り出すように言うと、彼は近付けていた顔を離して、ふっと笑った。


「はい、よく出来ました」
「うぅ…」


全身が熱くなったまま、満足げな拓人君に手を引かれた。


「さて、これから何処行く?」
「…えっ、と」
「今日は一日、楽しもうな?」
「…っ!!」

今日一日、保つんだろうか、私の心臓。






どきどきでいと!

(拓人君、なんだか今日はいじわる…)
(照れてるなまえが可愛くて、つい虐めたくなるんだよ)