きっと、それは恋。





「ふぃ?」


腕の中から聞こえた言葉に、思わず間抜けな声が出た。


「え、春奈、今、なんて?」
「だからね、私のお兄ちゃんが、今日転校してきたの」
「…お兄ちゃん?」
「うん、お兄ちゃん」


お兄ちゃん、という突然の言葉に、無意識に腕に力が入る。
其れに抱き締められたままの春奈は、ちょっと痛いよ、なんて笑った。

春奈は、あたしの大親友。超仲良し。
というか、ぶっちゃけレズだとか噂がたっているくらい仲良しで、そして常に抱き着いたり手を繋いだりしているあたし。
…というか、ぶっちゃけあたしがレズなのかもしれない。
今まで恋愛なんてした事ないから解んないけど、結構本気で春奈が好き…なのかも、しれない?
まあ、とりあえず、親友というか、友達以上には見てしまっているのである。
だから、春奈の事はなんでも知ってるつもりだったのに、お兄ちゃん、なんて聞き慣れない単語に、ちょっと動揺してしまった。


「あ、ごめんごめん。てか、春奈、お兄ちゃん居たっけ?」
「んー、えっと…生き別れの兄…的な?」


なにそれ、と訊ねると、春奈はまた可愛い笑顔で話してくれた。


「…へー、そうなんだ」
「うん、そうなの。だからね、お兄ちゃんが雷門にきて、嬉しいんだぁ」


にこにこと話す春奈は、心なしかいつもより嬉しそうに見えた。




(…なんか、悔しい…)


ぎゅっ…と、抱き締めた力が、また強くなる。
うん。なんか悔しい。
あたしがたくさん時間かけて、たくさん見てきた笑顔の中で。
お兄さんの話をしてる春奈は、一番可愛かった。
もしお兄さんが目の前に来たら、それこそ、今まであたしが見たことない顔で笑うのかな、なんて考えると。
……すごい悔しい。


「…あたしの春奈なのに」
「え?」


ぼそりと、つい呟いてしまった。
幸いにも聞き取れなかったのか、なあに、と見上げてくる春奈が可愛いな、と思いながら、何でもないよ、と笑った。


「ね、春奈。帰りにさ、お兄さん紹介してよ」
「え?……うん、いいよ!なまえのことも、お兄ちゃんに紹介しなきゃ。私の親友よ、って」


楽しそうに話す春奈は、きっとあたしの真意には気付いてない。
春奈には悪いけど、ぜんぶ春奈のせいなんだよ。
だから、あたし、お兄さんに宣戦布告してやるつもりなんだ。


『お兄さん、妹さんをあたしに下さい』

なあんて、ね。






放課後、春奈に手を引かれて連れて行かれたのは、サッカーグラウンド。
どうやら春奈のお兄さんは、サッカー部に入ったらしい。
結構凄いんだから、とか、前は帝国でキャプテンしてたのよ、なんて話す春奈は、やっぱり楽しそうだった。


「それで、どれが春奈のお兄さん?」
「えっとね…あ、いたいた。ほら、あそこよ」


春奈が示したのは、何人かが話している輪の中。
指差したままあたしの手を握って駆け出す春奈が、お兄ちゃん!と大声で叫んだ。


「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「春奈か、どうした?」


春奈が、大きく手を降る。
その先の彼が、振り向く。

途端、あたしの世界が止まった。

春奈が、何か話している。
けれど何故か、耳に入ってこない。
大好きな春奈の笑顔には目もくれず、あたしは何故か、"お兄さん"の顔ばかり見ている。

……なに、この感覚。
凍り付いたように、動けなくなる。
なのに、全身は燃えるように熱い。
頬が火照り、体が強張る。
息が止まりそう。
心臓が破裂しそう。

この感覚は、いったい、なに。




「なまえ、私のお兄ちゃんよ」
「二年の鬼道だ。よろしく」
「…………」
「……?」
「なまえ?どうしたの?」
「……ぃ…」






『妹さん、お兄さんを、あたしに下さい』


口をついて出た言葉。
春奈達が目の前で呆けているけど、それ以上にあたしの方が驚いた。
何が何だか解らなくて、凄く戸惑っている筈なのに、こんな事ってあるんだな、と、意外と冷静に考えていた。







きっと、それは恋。

(お兄さん、見事に貴方に一目惚れでした。)