7:雨










雨の中、
匂いは途切れて。








それまで走っていたのか歩いていたのか、覚えていなかった。
理由の分からない息苦しさに、やがて立ち止まった。




「はぁ…、…ッ」


なんで、と肺に押し寄せる不快感に眉を寄せ、奥歯を噛み締めた。

俺は息を切らしていた。

人間じゃあるまいしと、言う事を聞かない体に対し腹いせの様に息を吐き出して。
そして手に付着した赤色に目をやった。






寒気がした。


液体が温度を失っていた。
さっきまであんなに熱かったのに。



動悸がして、心臓の辺りが真っ暗になる。


その刹那に頭上を駆ける幻覚。

鮮やか過ぎる、残像。











後悔した。




どうしようもない自己嫌悪。




「………っ」

戻らなくては、そう思った。









俺は、殺すのが惜しかったんだ。




















土砂降りの雨だった。


灰色の空間を無数の雨粒が打ち抜いて切り裂いて。
立ち込める霧がますます視界を悪くしていた。




「はぁ…はぁ……」

呼吸の合間に唾液を飲み込む。

いやに喉が渇く。





最短ルートをひた走って、ようやく其処まで戻ってきたが、何も無かった。
よく見たら雨を凌いだ土の上にだけ、うっすら血痕が残っていて。










何かが空っぽになりそうだった。



『殺すのが惜しかった。』
それだけじゃ説明に欠けるかもしれない事にも気づいていた。




あいつの一部が流れ出て、冷えて。







「     」


はっとして顔を上げた。





耳を澄ませていたら、透かさず雨が入り込んできて。


滑稽だった。

名前を紡ぐ幻聴だけがこの雨を黙らせるらしい。






「………」





声が聴きたい。




それでも、貫いた瞬間からずっと血に酔っている自分が居て。

本当に何処までも救えない生き物だと笑った。

[ 84/177 ]

[*prev] [next#]

[page select]


[目次]

site top




×