4:顔-前編-

暗くて
冷たくて
耳鳴りがする程静か。




暗い海の底みたい。
空は彼方 太陽は届かず
色が無い。
色の要らない場所。



自分の姿すら見失う。
闇に溶けそう。





だからこそ
一筋の光に目を細める。











「…勝手に入らないで」

扉を開けた刹那、未登録は言った。



アジトに戻ると、エンヴィーが我が物顔で自室のベッドに寝転がっていた。
未登録が何度注意してもお構いなしだ。


毎度の事ながら信じられない。せめて靴下を脱いで欲しい。
いや、彼がきちんと靴下を畳んでベッドに上がっていたら、もっと嫌かもしれない。

そんな事を思いながら部屋へ入っていく。


「毎日ご苦労だね」

「…命令したのは貴方でしょ」

「そうだけど」

エンヴィーはうつ伏せのまま黒紫色の瞳を覗かせ、彼女を見上げた。
未登録はコートを脱ぎ、針金で作ったハンガーにそれを掛ける。


「貴方がくれた本、いいものばかりね。何処で見つけたのかエドが知りたがってた」

「……知らない方がいいと思うけどね」

「そうね。二人に貸してあげたいのに、時々血がついてて困るもの」


「……。」



会話は呆気なく其処で途切れた。
二人の関係からすればこんなやり取りがせいぜいかもしれない。


「どうでもいいけど、へまだけはするなよ」

エンヴィーはベッドから起き上がって背伸びをし、部屋から立ち去ろうとした。



「待って」

未登録の声が響く。


「さっきも言ったけど、勝手に部屋に入らないで。貴方のせいでおちおち洗濯物も干せないの」

「…。鍵でもなんでも好きにしたら?」

「ええ、そうするつもりよ」

「やるだけ無駄だけどね」

「……。」


どうやら何を取り付けた所で、彼に破壊される運命らしい。

話にならないと溜め息を吐きながら、未登録はベッドの背にコートを吊るした。
しかし手を離した瞬間何か思い出し、コートのポケットの中の物を取り出した。


それは螺旋状に巻かれた赤と白の蝋燭だった。
昼間余った分を貰ってきたのだ。


「なんでそんなもん持ってんの?」

「…、まだ居たの」

「喧嘩売ってんの?」

エンヴィーは一瞬口元を引き攣らせて。
で、それは何なんだと尋ねる。

未登録は少し言いづらそう答えた。


「………これは、宝物」

「へぇ〜…」

訊くんじゃなかった、と彼は殊更に苦い顔をした。




こんなゴミみたいな物を大事そうに持ってるなんて、笑えもしない。
でも本気みたいだしちょっとからかってやろうか。


そう思ったが、未登録の顔を見てエンヴィーは目を瞬いた。




この違和感はなんだ。


「………。」



別にいつもとなんら変わりない。
だけど、違う気がする。



未登録はエンヴィーの視線に気づき、顔を逸らした。

「よ…用が無いなら出て行って」

「……言われなくとも。」

ひたひたと冷たい床を踏んでいくが、エンヴィーの歩みが中腹で止まる。



「お前、今日さ…」

「え?」

「いや、いい」


エンヴィーは何か考え込みながら、部屋を出て行った。



ドアが閉まると、未登録はほっと息を吐いた。
手にしたままの蝋燭を、親指と人差し指でくるくると回してみる。


「………」



今も目に浮かぶ。
あの優しい光景。


温かに灯った火が、
笑い声に彩られていた。


そんな、夢のような日。





未登録はベッドを整え、
そっと蝋燭を机の隅に置いて。



そして一人、嬉しそうに微笑んだ。

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