4:顔-前編-

「兄さん?」

驚いて階段を見やったけど。
僕の前を素通りして行った兄さんは、無言のまま借りた部屋に閉じ篭ってしまった。



随分早く帰って来たし、もしかして未登録と何か…。



…あったに決まってるよね。


「やれやれ…」

兄さん口下手だからなぁ、と軽く頭を掻いて。
時間が経てば落ち着くだろうと思い、少し間を置いて僕も階段を上った。



部屋の前まで来ると、こんこんと二回ノックして。


「兄さん、まだ夕飯食べないの?」

呼び掛けたけどやっぱり返事はなくて、中からはなんの音も聞こえない。

入ってもいいのかな。
試しにやってみると、ドアの取っ手はすんなり下ろせた。
鍵は掛かっていない。


「…、入るよ?」

ゆっくりとドアを開けた。


ベッドで臥せっているのかと思いきや、兄さんはいつものように机に噛りついていた。
資料らしきものを広げて何か書き物をしている。

未登録のことはどうなったんだろう。


「兄さん、何やって…」

「アル!下のレストランでこれ頼んできてくれ!!」

「わっ!?え…ッ?な、何急に…」

「いいから早く!」

ぺしっと小さな紙を押しつけられ、なんなんだと思いながら紙切れの表を見ると、
上から下まで料理やお菓子の名前が箇条書きされていた。


「……。兄さん、宴会でもするつもり?」

「ああ!よく分かったな!」

「ううん、全然分かんないよ…」

だって落ち込んでるのかと思ったらすっごく元気だし。
なんだかさっぱりだ。


「今な、これ見てたんだ」

「それ、大佐から貰った…」

兄さんが広げていたのは、例の事件に関する資料の写しだった。


「あいつ何も言わねぇから、これだけでも見直してみようと思ってさ。そしたら…」

兄さんはある一文を指差した。
僕は最初、何を言いたいのかよく分からなかったんだけど。
書かれた文字が示すものに気づいた時、全部が繋がった。


「うん、いいかも。楽しそうだし」

「だろ?」

兄さんは、にかっと子供みたいに笑った。


ああ確かに、今僕等にできるのはこんなことくらいかもしれない。



未登録は何も言わないけど、


だけどいつだって、苦しんでた筈なんだ。










その日、外は朝から気持ちよく晴れ渡り、秋の太陽がキラキラと輝いていた。
未登録は待ち合わせ場所である交差点の街灯にもたれ、穏やかな光に照らされていた。

太陽を見上げては眩しそうに目を細めて。



そうしている内に横から足音が聞こえてきて。
未登録はその姿を確認すると、控えめに手を振った。


「未登録、おはよう」

「おはよう。今日もエド来ないの?」

「あ、うん。兄さんはちょっと用事があって…」

「…いいのよアル。エドが怒るのも無理ないもの」

「違うよ、用事で来れないのはほんとだよ。それにこの前のことは気にしないで。兄さんは未登録が心配でしょうがないんだ」


「…うん、分かってる」

未登録は数日前を思い返しては自己嫌悪に陥っていた。
これ以上心配をかけまいと思っていたのに、感情に流されて口を滑らせてしまった。
エドはどう感じただろうと考えずにはいられない。


「……」

しっかりしなくては。未登録はそう思った。
自分がエドとアルに助けを求めなくとも、彼等との関係を二人に気づかれたら同じだ。
エドはきっと、あの組織から自分を解放させようとするだろう。

そうすれば最悪、両親のように…。


勿論考え方によっては悪い事ばかりじゃない。
もしかしたらエド達にとって彼等との接触はプラスで、
賢者の石に近い場所にいる者から情報を得たいと考えているかもしれない。


それでも彼等は危険過ぎる。
そう思うのだ。

未登録は改めて彼らの手が兄弟に及ばないよう努めようと心に決めた。

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