3:こころ

あれから少し経って。
エドが怪我をして入院したと彼から聞かされた。
見舞いを装って偵察を始めるよう指示され、それからは毎日病院を訪れるようになった。





「きゃ〜!!未登録っ!」

勢いよく抱きつかれて反射的に肩を竦める。
未登録は目の前で揺らぐ大きな青い瞳を見つめ返した。


「ウィンリィ、ごめんね…心配かけて」

「いいのよそんなこと…っていうかあんた達もっと早く教えなさいよ!!」

「しょうがねぇだろ!こっちも色々あったんだよ!また未登録に会えるって確証もなかったし…」

まさかこんなにも早く再び未登録に会えるようになるとは思わなかったらしい。
ベッドの上で療養中のエドは戸惑いと嬉しさが入り混じったまま、弟と幼馴染み二人を見上げる。

アルもウィンリィも、未登録が無事だったことを、この再会を心から喜んでいた。


病室には様々な顔が出入りし、時にはわいわいと賑やかにもなる。
温度のあるものが溢れて、自分の持つ闇の冷たさが際立つようで、
未登録は時折それから逃げるように、然して理由もなく窓やその枠を見つめていた。



エドが退院してからは、彼等と居る舞台が外の世界に移っていった。

それから随分後になって、未登録は病院でのことを思い出す機会があった。
思い出さざるを得なかった。


忙しいと言いながら連日エドの元を訪れる見舞い客の中には、
確かに、マース・ヒューズの姿があったのだと。



「こんな豆が幼馴染み二人をたらし込むとはなぁ」

「違うっつってんだろ!!」

「兄さん、また傷口開いちゃうよ」

病室ではよく、窓辺に添えられた鉢植えの若葉が金色の髪の影で揺れていた。
温かな空気に包まれて一人、未登録は葉の下に淡く落ちた影のように今にも消えてしまいそうだった。










「どうして今まで気づかなかったのかしらね」

エンヴィーの隣で、ラストは長い黒髪を掻き上げた。
二人の視線の先には病院の個室。


「お父様には一応報告しておいたわ。スパイとしては打ってつけかしらね。あまり期待はできないけど」

あのお嬢さんにとっては悪い話ではなかったでしょうね。
そう言って微笑を浮かべる。


「……」

エンヴィーは釈然としない表情で彼等を見下ろす。
もうじき面会時間が終わるからだろう。
別れを惜しむように兄弟と未登録が向かい合っている。








あんな風にぼろぼろに泣くあいつを、前にも一度だけ見たことがある。

その時もあいつは誰かの腕の中にいて、酷く弱々しかった。


それがなんだって言うのか。



なんだって、
こんなにも不快なのか。









再び見下ろす白い部屋。
自分の視線が自然とその中の一人に向くことに気づくと、エンヴィーは意識を遮断する様に首を軽く鳴らした。


「じゃあ俺仕事があるから。ラストも適当に引き上げなよ」

「分かってるわ。…エンヴィー、一応言っておくけど」

「何」


「深入りは禁物よ」


「?…何の話」

「この前報告に来た時、貴方凄い剣幕だったじゃない」

眉を寄せっぱなしのエンヴィーに、ラストはあの時の彼の顔を思い返す。



「……。どうだっていいだろそんなこと」



振り向くことなくそのまま姿を消した青年に、
ラストは一言、鈍いわね。と呟いた。









人の死を見て震えていた未登録。
でもいつしか死ぬのは怖くなくなった。


不思議なのは怖いと思うものが、哀しいと思う出来事が変わること。


その感覚や感情の正否は問えない。
けれど自分の気持ちに気づいた時、現実もまた姿を変える。



それこそ世界は一変する。




見えるのは新しい現実。
生まれるのは新しい事実。


心は絶えず変化していく。




先に気づいたのは、
彼女の方。

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