3:こころ

「まあそんな訳だからさ、せっかくだしこれからは直接監視して貰うよ」

「直接…?」

「簡単な事さ。あいつらと行動して何食わぬ顔で動向を探ればいい。ただし、お前が余計な事喋ったらその時は…」

あいつらの命は保証しないと、エンヴィーは笑った。


「私が、逃げるとは思わないの?」

「あいつらの手を借りて?それはないよ」

「どうして」

「被害を被るのはあいつらだってお前は知ってるからさ。それに命令とはいえお前は今までずっとおチビさん達を見張ってた、
そうやってあいつらを欺いてたんだ。今更助けてくれなんて言えんの?」

「……」

「表向きお前は数年前に死んだ事になってるし、ご丁寧に墓まで建ってる。それでもなんの支障もない」



「お前にはもう、戻る場所なんてないんだよ」




僅かに哀しげに揺らぐ顔を、エンヴィーは満足そうに眺めていた。

しかしその内に、未登録の目が赤く腫れているのに気づいて。
彼の顔からまた、ゆっくりと笑みが消えていく。


「それでも…」

未登録は地面に着けた手を握り締めて俯く。


「それでも、二人は私を探してくれたわ…、!」



何を思ったのか、無言で伸ばされる指。

その指がすっと目尻に触れ、未登録は再度小さくその身を震わせた。







「……泣くほど嬉しかった?」


呟いた声は暗く、その目は温度を失くした様に冷たかった。


「え…?」



未登録はそんなエンヴィーを見つめたまま、瞳を瞬かせるばかりだった。






「お、お前…何してる!」

その時、突然階段から作業着姿の太った男が現れ、二人はそちらに顔を向けた。
一階の肉屋の親父である彼は二人を見て何か勘違いしたらしく、商品の空き箱を抱えて目を見開いている。


「馬鹿な真似はよせ、まだ子どもじゃないか」

「…とにかくお前は変な気起こすなよ?周りの人間が大事ならね。でないと…」

男を無視し、未登録の方を向き直すエンヴィー。
その背後からふらふらと近づいてくる肉屋の主人に、
未登録は来てはいけないと目で訴えたが、尚もエンヴィーににじり寄って。


そして隠し持っていた煉瓦を力いっぱい振り上げた。



「――っ駄目ッ!!」

未登録は咄嗟に叫んでエンヴィーの腕にしがみついたが、大きなトマトが破裂したみたいに目の前が真っ赤になって。


「…でないと、お前の為に誰かが死ぬ事になるよ。こんな風にね…」


「っ…あ」

どさりと真横に倒れ込んだ男の身体の下から湧き出る血。
もう何度こんなものを見ただろうか。
湧き上がる感情が恐怖なのか何なのか、未登録にはよく分からなくなりつつある。
純粋に怖いと思う時は、大抵あの日の事を思い出した。
気持ちが悪くなる時もあれば、恐ろしい現実だと思いながら、何処かで「またか」と感じてしまう時もある。


…慣れてはいけない事に、慣れてしまっているのか。
それも分からない。自分の感覚もこころも。


正常だと言い切れない。
それでも感受性はある。
きっとある。




だって、まだこんなにも苦しい。





未登録は今一度今回の事を考えてみる。
自分が感じ取っているものが何なのか。
死は怖くない。
彼の瞳は、やっぱり怖い。



ただ、それ以上に今。





「あ、しまった。またおばはんに怒られる」

エンヴィーは、誰が片付けるんだよこれ〜、と妙に明るく言いながら、面倒臭そうに血を拭う。


「?お前いつまで固まってんの。それとも何、血を見て発作でも起きた?」



「…なんでこんな事出来るの」


「は?」

「なんでこんな事出来るの」

そう繰り返した未登録の瞳は、いつか見た太陽のように強い色をしていた。

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