3:こころ







「ねぇ、どう思う?」

エンヴィーは言った。

未登録が兄弟と別れて数時間後のことだった。
いつものように見張りをしている未登録を見つけ、エンヴィーは彼女と同じ建物へ飛び降りた。

下の市場は相変わらず人々ががやがやと賑わっている。


急な問いに未登録は、なんのことかと首を傾げた。
振り向いた拍子に、その髪が懐こく彼女の頬に触れて。

エンヴィーは街角の宿舎を見下ろしたまま続ける。


「今の状況さ。珍しいよね、あいつらがこの時間に大人しく宿に帰るなんて」

表は明るく、日の入りまで随分時間がある。
秋が近づいたとはいえ暑さは衰えず、宿舎の窓は大半が開け放たれていた。

未登録はまともに彼の顔を見られない。


「…、分からないわ」

「分からないってことはないんじゃないの?」

「そんなこと言われても…」


「お前さ、ごまかせるとでも思ってんの?」

其処で初めて、未登録はぎくりとした。



「今日はもう十分な収穫があったから、だろ…?」

口元が吊り上げられたと思ったその瞬間、視界が歪んで。
突然受けた衝撃に、未登録は脇腹を抱えて地面に蹲った。


「う、げほげほ…!」

咳き込んでいると、ひたひたと歩み寄ってくる音がして。
エンヴィーは未登録の髪を掴んで上を向かせ、そして苦痛に歪む顔を見下ろした。


「う…っ」

「…いい顔だね。あんた達親子、元々リゼンブールに居たんだって?」

そう言って乾いた笑みを浮かべる。
組織がエドを見張り始めたのは国家資格を取った以後だ。
リゼンブールではそれ以前にも未登録の父親を監視したことがあったが、
幼い娘の交友関係までは把握していなかった。


小さな町だ。
地元の子供同士、顔くらい知っているに決まっている。


「まったくラストの奴…時々詰めが甘いんだ」



「…私を始末したいならそうすればいいわ」

面倒臭そうにぼやくエンヴィーに、未登録ははっきりと言った。


「だけどエドとアルは関係ない。二人は何も知らないわ。何も話してないもの」

「…そう言うと思ったよ」

エンヴィーが人間に吐き気がするのは大抵こんな時だった。
自己犠牲だとか、自分より他人を優先する事を美徳とし、正しい意識だと思っている人間がいる。
そういう人間は薄気味悪くて仕方なかった。

目の前の相手もそうなのかと思ったが、今回ばかりは違うような気がした。



「こいつに決定的に足りていないのは自尊心だ」と。




エンヴィーは掴んでいた髪を離して。
急に解放された未登録は前のめりになって手を着く。


「ふん、自分が死ぬのは怖くないって?…それ、本気で言ってんの」

一際低い声に未登録は一瞬震えたが、後には瞬きもせずにじっと固まるだけだった。
その顔は精巧な仮面にも見える。

彼女の反応にエンヴィーは益々顔を歪めた。


なんて面白くない面だろうと。


「…処分するつもりはないよ。それじゃちっとも面白くない」

殺したってこの先暇になるだけだろ?と、エンヴィーは取ってつけたように笑った。

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