2:hide-and-seek





円陣にゆっくりと手を翳し、
そっと触れようとした瞬間。



「う゛ッ!」

吐き気とも目眩いともつかぬ気持ち悪さを感じ、未登録は崩れるように両手で壁を掻いた。


「……っ…」

心臓が、締めつけられるように痛む。




『何になるの』

過呼吸に陥りながら思い出される言葉。


分かってる。

錬金術において机上で組んだ理論なんて、
実際に試してみなければただの空論でしかない。

役には立たない。




「っ……馬鹿ね…」

未登録は項垂れた。


何かしたいと急くばかりで、何の力も持たない。





今も、昔も。







顔を上げて立ち上がると、はっとして辺りを見渡した。


どうやら二人を見失ってしまったようだ。

静まり返った辺りを見渡し、未登録は急ぎ足で階段を降りる。



廃虚から出て数十メートル走ると、幾筋もの路地道を介する交差点で二人を探した。

先程屋上から見た限り、もう付近にはいないようだった。
知らない内に二人は何処まで進んでしまったのか。











「まさかほんとに跡をつけてる奴がいるなんてな」



聴こえてきた声に未登録は立ち尽くした。


寸分遅れて、しまったと。
そう思ったがもう遅かった。



すぐ後ろに彼等が立っているのが分かる。

監視の目に気づいていたエドとアルは一旦わざと足を早め、未登録を誘い出したのだ。



張り詰める路地に満ちた冷たい空気。



硬直した少女の背中を睨んでエドは言った。


「どういうつもりか知らねぇが、あんた一体…、って!」

次の瞬間、未登録は勢いよく左の通路に走り込んだ。


「待ってください!」

「あークソッ!」


その後を追う二人。
待っていられる筈もなく、縺れそうになる足を叱咤しながら未登録は夢中で駆けていく。



「っ逃がすかよ!」


「!」

パンッと音を立て両手を合わせるエド。
轟音と共に未登録の目の前に構築されていく壁。
同時に上がる砂煙が視界を塞ぐ。


すぐさま防壁に錬成陣を描こうとしたが、
瞬間後ろから右腕を引っ張られ、未登録はエドによって壁に押さえつけられた。




「…っ…う」

苦しさに声が出せない。


再び訪れる静寂。
辺りは砂埃が音も無く舞い上がり、依然濛々と立ち込めていた。



「兄さんっ、女の子相手に…」

二人の元に追いついたアルフォンスは、
煙った路地の中に浮かび上がる兄の背中に話し掛ける。










「…………未登録…?」




「え?」

その言葉にアルは足を止めた。

エドは瞬きも忘れて少女を見つめる。







こちらを見下ろす金色の瞳。

名前を呼ばれた瞬間、
未登録は自分の中で何かが弾けるような感覚を覚えた。

互いの呼吸音がやけに大きく聞こえる。



「お前…未登録なのか?」




何か、

何か言わなくちゃ。


そう思うのに頭の中は真っ白で。
どうにか引っ張り出そうにも、散り散りの思念が言葉にならず消えるばかりだった。



酷く動転しながらも、
エドの声だけが靄の掛かった頭を貫くように響いて。


「………未登録なんだな?」



「……っ…」





今でも、なんて馬鹿なことをしたのだろうと思う。



ただ、

ただ一言でいい。




ただの一言、

知らないと、人違いだと言ってしまえば良かったのに。




溢れ出した感情の雫は一筋の光になって。
それが零れ落ちるのを未登録は止められなかった。





二人に見つかってしまった。


ずっと避けていたこと、
あってはいけないことが今起きている。



そっと光を見つめることができたら、
日陰でも生きていけそうだった。




眩しい日の温かささえ、


永遠に、
思い出さずにいられたならば。








気がつけばなんの否定の言葉を発することもなく、それはもう無防備に泣いていて。

こうなった以上、エドは確信を強めるばかりだろう。

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