2:hide-and-seek

室内は仄暗かった。
開かれた書物の傍らには小さなスタンドが備えつけられている。


その日の朝、未登録は自室で本を読み漁っていた。
連れてこられた頃は不眠症に悩まされていたが、今では夜に眠り、朝に目覚める生活を送れるまでになった。
それでもあれから、一度も錬金術は使っていない。


「……」

時折ページを捲って。
じっと文字の羅列を見つめていると、ふわりと本が宙に浮いた。
目線を移せば枝垂れた長い黒髪がちらついて。
読書に夢中で扉を開けられたことにすら気づかなかったらしい。


「よくこんなもん読む気になるね」

エンヴィーは、ぱらぱらとページを捲りながら呆れたような声を出した。


「…返して」

未登録の瞳がエンヴィーをしっかりと見据える。
其処にはなんの感情も籠っていないが。
彼は静かに笑ったまま、片腕を未登録に伸ばした。
長い指が悪戯に少女の首に絡まれば、その身体は微かに身じろぐ。


「ねぇ、こんな下らない理論を詰め込んで何になるの」

錬金術を使えもしない癖に、と囁く。
未登録は顔色一つ変えず何も答えない。

面白味のない反応を返されたエンヴィーはやれやれと溜息を吐くと、床に書物を投げ捨てて部屋を出ていった。

監視に行くよう言葉で指示する事はあまりないが、エンヴィーはこうして未登録の部屋に来ることでそれを促していた。


未登録は落ち着いた様子で本を拾い、汚れを払って。


読み掛けのページに栞を挟んでベッドの上に置くと、
壁際に積まれた大量の書物に目をやった。



「…分かってるわ」

一言そう呟いて。


そして間もなく彼女も部屋を後にした。








未登録はいつもどおり兄弟が宿から出掛けるのを確認し、一定の距離を保って二人の後をついていった。
住宅街での聞き込みが始まると付近の建物に身を潜め、その動向を見守る。

昼を過ぎると兄弟は人通りの少ない街の裏道へ足を進めた。
老朽した家宅や廃墟がずらりと並び静かではあったが、人の生活している様子はあちらこちらに見受けられる。

未登録は廃墟の屋上に上り、街を見下ろした。
一箇所に長時間留まるので頻繁に移動する必要はないのだ。


聞き込みの目的を探るよう言われているが、遠くから見つめるだけで何もしない。
元々この見張りは組織内で実質的意味を持っていないのだ。
報告を怠るとエンヴィーになじられるが、
彼にしろラストにしろ本気で監視を任せている風ではなく、未登録もそれを承知だった。



幸か不幸か。
自由を奪われた筈なのに二人を見ていられるこの状況。

兄弟は今日も相変わらず熱心に街の人に話を聞いている。


「………」

未登録は二人を見ながら暗い顔をすると、おもむろに小石を拾って。

そして落書きでもするように近くの壁に円を描きだした。

[ 49/177 ]

[*prev] [next#]

[page select]


[目次]

site top




×