1:凄涼

何処かに今も在る。


そう想うことで、
遠い追憶は愛しいものになる。



「今度は丁寧に扱いなさいよ!?」

「分かったからいちいち殴んな!」

少年は振り翳されたスパナに頭を押さえた。
一軒の家の前には二人の少年を見送る人々の姿があった。


「エド」

「なんだよ!まだ殴る気か!」

「未登録のこと…お願いね」

「えっ、ああ…」

途端に二人の表情が曇る。


「やっぱり行くのかい」

ウィンリィの後ろで渋い顔をしていたピナコが口を開いた。
兄弟は顔を見合わせ、自分達の目で確かめたいと笑った。


ロックベル家を出た後、二人はリゼンブールの西にある小さな集落を目指した。
汽車から降りると遙かな地平線。遠くの方にはぽつぽつと人家が見られた。
人の姿はない。

「………。無駄に広いな」

「情報を集めるの大変そうだね」

「大佐のとこにも行かなきゃいけねぇのに…また嫌味言われちまうな」

「日頃からこまめに報告書出さないからだよ」

「いいんだよ。大事なもんが優先だ」

エドとアルが未登録の死を知らされたのは、故郷リゼンブールに着いてすぐだった。


“数年前、一家は何者かに殺害された。”

それはあまりに突然の凶報だった。
人づてに聞いた話を鵜呑みにしたくなくて、二人は事の真偽を確かめに未登録が住んでいた村まで足を運んだのだ。

「大体未登録は北で暮らすって言ってなかったか?」

「うん。此処にいるって知ってたら僕らだって会いにきてたよ」



エドとアルは道の途中で出会った村人に事件のことを尋ねた。
しかし教えられたのは村外れの墓場の場所だけで。
役場にも聞き込みに行ったが、まともに取り合ってはもらえなかった。



「ったくどいつもこいつもなんなんだよ」

「兄さん、あれ」

住宅地や田畑を通り過ぎて暫くすると人工の小道があった。
やがて小高い丘に出て、その先に村の墓石群が見えた。






横に並んだ三つの墓石。
一極小さな墓の前に、アルは膝を折った。


「…未登録…」

突きつけられた現実に目頭を押さえる。
エドは暫く黙って刻まれた少女の名を見つめていた。

ろくな挨拶もできず疎遠になり、そのまま会いに行けなかった。
だけど変わらず笑って過ごしていると疑わなかった。

悲劇は変哲のない日々を突然壊すものだと二人はよく知っている。


今の二人にできるのは花を手向けることくらいだろう。


「……」

不意に、エドは険しい表情で立ち上がると周囲に埋めてあった鉄柱でシャベルを錬成した。


「兄さん!?」

シャベルを地面に宛がうのを見てアルは思わず声を上げる。

「まさかお墓を掘り起こすつもりなの!?」

「いきなり何年も前に死んだなんて言われて信じられるかよ。だから確かめる」

「な、何言ってるんだよ!未登録はもう」

「俺は信じたくない!」


「兄さん…」

アルは知っている。
エドがどれだけ未登録を大切に思っていたか。

離れ離れになり後悔していたことも。

エドにとって未登録が特別な存在だったことも。

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