1:凄涼

透明な此の羽根に



確かな輪郭はない。



光を受け
誰かの目に触れて



やっと
形と色を得る。






今はもう呼ばれない名前。



誰かが紡ぐその音に、



振り向けるのはいつの日か。









「お前、この前の女だな」

セントラルのと或る建物の上で、男は言った。
屋上から街を眺めていた少女は一瞬男の方を見たが、何かに気づいてまた背を向けた。


「あいつらを何処にやった」

「なんのことか分からないわ」

少女は街を見下ろし、詰め寄る男を軽くあしらう。

「とぼけんじゃねぇ!あの変な野郎と俺達を…っ」


「あら、変な言い掛かりつけないでもらえるかしら」

怒声を遮って笑ったのは少女ではなかった。
男の後ろから長身の女がヒールの音を響かせて現れる。
長い黒髪が揺れ、青白い貌と妖艶な赤い唇を侵蝕していた。


未登録は短く溜め息を吐き、目を閉じた。


「なんだテメェは――う゛ッ!!」

呻いた瞬間、男の体は傾き、そのまま自らの赤い血溜まりに落ちていった。
仰向けの胸には銀色のナイフ。
それは貪欲に周囲の色を映して輝く。


「ククッ…仲間捜しなんてご苦労だね。生かしておくとでも思ったの」

錬成反応の中で変質する声。
現れた青年は疎ましげに血を払って少女に言った。


「お前さぁ…錬金術使えるんだろ?自分で始末しろよ」

黙って澄ましている少女の横顔に認めたのは、何処か虚無的な瞳だった。
こんな瞳をするようになったのはいつからだろうか。

それに、他人の死にも動じなくなった。

ふっと笑ってエンヴィーは少女のところまで歩み寄る。


「あいつらは何処?」

未登録は大通りから外れた住宅街を指差した。
鎧姿と赤いコートの二人組が買い物かごを持った女性と話込んでいる。

兄弟を見るのは久しぶりだ。
未登録が監視するのはセントラルだけだから。


「……」

それにしても二人は何をしているのだろう。
数年の監視の間にエドとアルの目的は知った。
賢者の石を探していることも。



未登録は横目にエンヴィーの様子を窺った。
彼も気づいているのか、面倒臭そうな面持ちで兄弟を眺めている。
何故かエド達は先程から手当たり次第、街の人々に聞き込みをしているのだ。

街中を駆け回る兄弟に未登録は首を傾げるばかり。


こんなことは今までになかった。



この街で、



二人は何かを探しているのだ。

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