5:やさしい日

「居たねぇ、こんな奴等」



明け方。

残存するあいつの親の資料を閲覧してガキの部屋へ赴くと、与えた本の山が崩れて海と化していた。

「まったく…グラトニーと同レベルだな」

散乱する本を足で退け独りごちる。
錬金術を使いたくないって奴がなんで今更、本なんか…。


その時は分かりかねた。

だがその理由を、俺は随分後に知る事になる。



快方に向かっているのかガキは顔色が良かった。
珍しく疲労を感じた俺はべッドに腰掛け、すやすやと眠るガキを見つめていた。
相変わらずこいつには警戒心の欠片もない。


「…さ」

「?」

夢でも見ているのか。
ガキの口から小さく音が漏れていた。
よく見れば目尻には涙が浮かんでいて。
寝ながら泣くなんて、人間は本当に不可解な生き物だ。




「母、さん…」


「…」

所詮ガキはガキだと思った瞬間だった。

今、母親が現れたらこいつはどんな反応をするだろう?



見てみたい。

ただそれだけの為に俺はあいつの母親の姿を、形状の記憶を辿った。



――パキン、パキパキ…。


「ん…」

形を変えた手で顔に触れれば、その瞳がゆっくりと開かれた。

「……、―――お母さん…?どうして此処に居るの!?お父さんは!?」

俺を見るその瞳は今まで見たことのないもので、科白が浮かばず黙っていると、ガキの瞳が鈍く揺れた。


「会いに…来てくれたの?」

何言ってんのこいつ。

「幽霊でもいい…ずっと会いたかった」

………。

「もう置いて行かないで……独りはやだ…」

聞くに堪えない甘ったるい言葉の羅列。
なのに…お前の声が妙に響く。


「…傍に居て…」

いつ消えるか分からない存在に縋る腕。
この前同様引き剥がせばいいのに、胡散臭い幻に泣きつく背中は酷く小さくて。



「私も連れて行って、此処は嫌いっ…」



もう黙らせたい。





「…お願いだから…」





解ってる。

きっとこいつは、



俺に何一つ
願ったりしない。






「!」



「……泣くな」


いつもより更に小さく見える背中に腕を回し、少しの間そうしていると、ガキはやがてその腕に安心したように瞳を閉じた。

小さな心音と伝わるガキの体温が不覚にも心地良くて、いつしかそれが俺の意識も淡く遠のかせていった。



演じる事も忘れ、背中に回した腕。



それは、
俺のものではなかったけど―――。

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