5:やさしい日

「待って…お墓を…」

「あらそんな暇はないのよ。今日中にセントラルへ行くのだから」




夢は今でも、あの日のまま。







心地良い冷たさに、未登録は目を開けた。
見上げれば彼が居て、頭上には氷のうの重みと冷気。



水が欲しいとしか言わなかったのに…。


未登録は熱い息を吐きながら、ぼんやりエンヴィーを見つめた。
彼は少し不機嫌そうに目を逸らした。


「何が要るのか言え。俺の気が変わんない内にね」

「…え」

驚く事に本気らしく、未登録は未登録で素直に次々と必要な物を挙げていった。


「…それから栄養価の高い物と…あっ!あと…」

「まだあんの!?」

「!」

エンヴィーは図々しいな、と漏らしたが、びくつく未登録に溜め息を吐いた。

「いいよ。何」

「ほ…本を…」

「本?…それって、錬金術関連の?」

未登録はこくりと頷く。
エンヴィーは少し考えて口を開いた。

「…いいけどお前」

「?」

「風邪引くと妙に色っぽくなるね?ガキの癖にそんな目ェしてさぁ…」

「え!?ひゃッ!!」

会話そっちのけでエンヴィーはベッドに乗り上がり、味見と称し未登録の耳を軽く舐めた。

「あ、やッ…」

「あらら顔真っ赤だよ……喰べ頃かな?」

「!!」

クスクスと笑うエンヴィー。
廊下での未登録の反応が新鮮だったのか、こういう苛め方が気に入ってしまったらしい。


「ねぇ…今夜あたり晩餐会してやろうか…お前の上で…ね」

いつもより少し低い声が躰に響く。

「け!結構ですッ!!」

「遠慮すんなよ…」


ギシッ…。

「――ッ!!」

ベッドの上で詰め寄られ、未登録はもう言葉もない。
無理やり薬を飲まされた苦い記憶が蘇る。


「思い出すよね〜、昨日のこと…かなり胸糞悪かったし口直しさせてもらおうかな…」

「え!あッ…」

狼狽える未登録の顎をつかみ、いつもの嫌な笑顔を浮かべる。
でもすぐに彼の瞳は横に逸れた。




「――覗きなんていい趣味してるね」


見るといつの間にか入口には、あの人。

「お邪魔だったかしら?だけどエンヴィー、貴方いくら若い子が好きだからって…」

「妙なこと言わないでくれる」

不愉快そうにベッドから降りるエンヴィー。
また仕事に行くのだろう。
未登録はこちらを見て笑う彼女から目を逸らし、布団を被った。






その日から未登録は彼に看病された。
きっと人形遊びの感覚なのだろうけれど。




「気持ち悪いわね…本当に看病するなんて」

「どっちが。おばはんこそあいつの部屋の近くによく居るじゃん」

「思い切りのいい子はわりと好きだから」

「は?」

聞くと一戦交えた時あいつは咄嗟に死んだ親の血で錬成陣を描いたらしい。

「ふうん」

氷のうが溶けてもあいつが氷を錬成しない理由が解った気がした。
人間らしい、なんともお粗末な思考だ。

「あいつ、ラストには一生懐かないだろうね」

「そうね。貴方に世話を代わってもらって良かったかもしれないわ」



ああ、そうか。

その時になって気がついた。
そういや初めて会った時からあいつは怯えてたんだ。



「どうしたの?」

「何でもない」



懐く訳ないんだ。




親を殺した奴の、仲間なんだから。

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