9:猫の記憶-後編-




のっぺりとしたドアの表面から、見知らぬ部屋の中を想像するのは難しかった。


覚えている。
握った取っ手の冷たさ、古びた金属のざらついた手触り。



ノブが回る。
扉が開く。







遥か遠くで、ドアを叩く音が聞こえていた。








「未登録の奴、寝てんのかな」

俺は諦めて扉から離れた。
何度かノックして呼んでみても未登録の部屋から返事は無かった。

午前11時半。
下のレストランが込み合わない内に昼飯食おうって誘いに来たんだけど。


「兄さん、未登録は?」

客室から廊下へ顔を出したアルに俺は首を振る。


「まだ無理っぽい。もうちょい後で誘ってみるよ」

多分、夜な夜な根詰めたんだろうと思った。

あれから一週間。
茫然としても、ピンとこなくても、はたまた思い悩んでても無理はないと思う。
心配してた相手からいきなり「キオクがありません」とか言われてもな。

しかも相手は未登録の――…。



あいつとの間柄は今もよく知らない。
ただ、忘れられた記憶を未登録がどう思ってるのかは、側で見てれば分かった。


「…術師の性、ってヤツかな」

すぐそっちの発想にいっちまうのは。


沈黙する扉にごつ、と額をつけて、俺は未登録の部屋に向かって独りごちた。













ホテル内の標準的な間取りの客室。
テーブルに俯せる少女の周りは書籍と手書きのメモとで埋まっている。

疲労のせいか未登録は睨むのに近い形で目蓋を開けた。
脳が目覚めて自分を取り巻く現実の今日に気づくと、次第にその目つきが緩む。


「……」

腕の下で、紙の擦れる感覚がする。
目の前に転がる万年筆。
その軸に宿る光が、ぼうっと浮き上がっているのをひとしきり眺めていた。




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