8:猫の記憶-中編-



「ったく、お前来るのおっせーんだよ。こっちは待ちくたびれたっつーの」

砕けた口調ながら毅然として見上げてくる少年に、エンヴィーはゆっくりと瞳を瞬くだけだ。

「未登録からお前の話を少し聞いた。馴れ合う気はない。
お前等が未登録や他の人達にした事を許す気なんざこれっぽっちもねぇしな。だけど…」


「未登録が望むなら止めない」

それだけだと。
そう言い切ったエドを、エンヴィーは次には瞬きもせず見つめていた。
暫くすると、ゆったりとその首を傾ける。


「言ってる意味がよく分からないんだけど」

「あ?だから…」

「それより、あんたはなんなの?」

続けて喋ろうとするエドの肩越しで、エンヴィーは後方の未登録に凄んだ。
疎ましげに曖昧な問いを投げられた未登録はたじろぐばかりだ。

「南東通路の狭い部屋。あそこに居たのあんただよね?そんな奴がなんでこんなとこほっつき歩いてんの。
ラストに訊いても答えないしさぁ。それに…」

「ストーップ!ちょっと待った!」

エドは制止の声を上げると、戸惑う未登録の手を引き、耳打ちをするように囁く。

「なぁ、なんかこいつ変じゃねぇ?」

「…う、うん…」

「大怪我してたんだろ?その時に頭でも打ったんじゃねぇの」

「そんな、」

「そんでもってショックで記憶喪失にでもなったんじゃねぇ? 」

「え、まさか…」

「はははは、だよなー。幾らこいつでもそんな間抜けな…」

二人の話が談笑になり掛けたその時、「そうか」という声がした。
発したのは他ならぬエンヴィーだ。


「記憶。記憶ね。…なんだ、そうか」

見ると、エンヴィーは口元に手をやりながら、うんうんと軽く頷いている。

「…なんか今度は一人で納得し始めたんだけど」

大丈夫かこいつ、とエドが引き気味に呟く。
エンヴィーは全く気にならない様子で二人の方を向くと、にこりと笑ってみせた。


「お前等のおかげで漸く飲み込めたよ。一応感謝してあげる。じゃあね」

「…。はあ…!?って、おい!ちょっと待てコラァッ!!」

「うるさいなぁ。なんだよ一体」

「そりゃこっちの台詞だ! つーかお前何一人で帰ろうとしてんだよ!帰るなら未登録も連れて帰れッ!」

未登録を指差してエドは半ば意地で怒鳴った。
エンヴィーは長く溜息を吐く。

「こっちだって場合によっては連れ戻すなり何なりするつもりだった。だけどもうその必要は無いし、そいつに用は無い。
俺がその女を知らないってのはそういう事なんだよ」

「…さっぱり分からん…」

「つまり、この女は消された記憶なんだよ」

半眼のエドに、エンヴィーはおおよそ説明にならない言葉を返した。


「消された?記憶って、…まさかお前の?」

「多少語弊があるかもしれないけどね。いずれにせよ、もうどうでもいいんだよ。俺にとってもお前等にとっても」

そう投げやりに話すエンヴィーと未登録の視線が触れる。
未登録は先程から、思いも寄らなかった事態について行けていない。

「…勿論、命令があれば話は別だけどね」

見るからに弱々しげな未登録にエンヴィーは笑いかける。
気怠さに任せて傾げていた首に手をやると、一言も発せないままの彼女に続けた。


「だってあんたには今も記憶があるんだから。ねぇ?未登録」


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