8:猫の記憶-中編-





どうも落ち着かなくて、
どうにも腑に落ちない。


南部での一件を終え、鋼のおチビさんとその弟は再びセントラルに戻ってきた。
あいつらは幼馴染みと一緒に市内のホテルに滞在していた。
それだけなら、なんとも思わなかったんだけど。


「…誰だあいつ」

兄弟達の一行に見覚えのない奴が混ざっていて首を捻った。

街の一角には、先日からテント張りの露店が立ち並んでいる。
その内の一張りの菓子屋でそいつは働いているらしかった。
特別な露店の出現に、辺りは人間で溢れている。
自分達の立場に気づかず、この国で呑気に暮らす人間共は最高に間抜けだ。
それらの甘ったるい笑顔のひとつを見下ろす。

店番に立つそいつの前に、その内エルリック兄弟がやってきた。
女の表情は、他の客に向けるものと違う、ぱっと開く様な明るさを帯びた。
短い会話の後、品物を選び始めるおチビさんに笑い掛ける。
親しみを込めるその顔に、俺は僅かに目を細めた。











「鋼の坊や達と一緒に居る子?」


「ああ…あの子達の幼馴染みでしょう?放っておいていいわ」

「いや、そっちも上京してるんだけどさ。ウィンリィ・ロックベルじゃなかった」

その言葉を聞くなり、ラストははっきりとした視線をエンヴィーに寄越した。
それも明らかに何か考えている様子で。
エンヴィーは一瞬顔を歪め、「少し考えたんだけどさぁ」と、気怠げに目を瞑った。


「ラスト最近、誰か捕まえて来たんじゃない?」

エンヴィーは幾らか慎重に尋ねた。
自分の気づかない内に人間を連れ込んでいたり、また今も自分の知らない人間をラストは把握しているらしい事に多少の不満はある。
それでも今回、彼としては辛抱強くラストの言葉を待っていた。
然したる理由も無く、仕事上でラストが自分に隠し立てをする筈がないと理解しているからだ。
一方で、その理由が何なのか未だ思い当たらず警戒していた。


「そう。あの部屋を見たのね。貴方の想像している通りよ。
そしてあの部屋の人間の事はお父様から私に一任されてあるの」

「…それだけ?」

「それだけよ」

初耳なんだけど、とエンヴィーがぼやいてみても、ラストは何も言う事はないとばかりの態度だ。


「ま、別にいいけどさぁ」

「監視くらいはしてくれて構わないわよ」

「はいはい。おチビさんにくっついてるからついでにね」

言いつつエンヴィーは頭を掻く。

「ちなみに、あの子の名前は未登録っていうのよ」

「あっそ」

「貴方こそ…、本当にそれだけ?」

「…はぁ?」

エンヴィーは出端を折られ、今度こそ抗議の意を込めた。
ラストの軽い調子に落ち着きかけた所だった。
事情を知らなくても、これ以上は気に留める必要は無さそうだと思い直した矢先だった。

「なんだよそれ」

尋ねるのも面倒臭い。
だけど訊かずにもいられない。

「監視するだけなんだから名前なんてどうでもいいだろ」

「何も無いならそれでいいの。…その方が、私も助かるわ」

一言二言喋る間にも、ラストの声の調子は移り変わる。
エンヴィーは一層に目を細めた後、呆れ半分、自分の感情を諦念に委ねた。

意味ありげに促され、後の説明が無いのにはむしゃくしゃする。
それでも。
向けられた微笑に他でもないラストが含ませてきた何かには、退くしかないのだった。

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