8:猫の記憶-中編- 「あ、おはよう兄さん」 ホテルの客室に、はっきりとしたアルフォンスの声が響いた。 時は既に正午が近かったが、起き上がったばかりのエドの眼光は覚束ない。 「げ。もうこんな時間か。…ウィンリィと未登録は?」 「二人で出掛けてるよ」 「へぇ、珍しいな」 夜中まで研究に没頭したのだろう。 目元に差し込んでくる日の光を避け、エドは首を鳴らす。 「閉じ篭ってると考え過ぎるからって。ウィンリィが未登録を連れ出したんだ」 「あー、なるほど…って大丈夫なのかよ!未登録達だけで行かせて」 いつ狙われるか分からないのにと付け加え、エドは寝起きの髪を結い始める。 「大丈夫。兄さんが起きるまでは此処から見てようと思ったんだ」 「この部屋から?見えんのかよ」 開け放った窓の外はいつもより騒がしかった。 その賑やかしさでエドは渋々起きたのだ。 窓から下を覗くと、ホテル前の広場に赤と白のストライプのテントが並んでいた。 その間を人の頭が無数に行き交う。 すぐ手前のテントの中に未登録とウィンリィの姿を見つけた。 「…何やってんだ、あいつらは」 「あそこならすぐ駆けつけられるでしょ?」 「まあ、な。つーかさすがにあんな目立つとこで襲わないだろ」 窓辺に立つと、春を含む光に照らされる。 さらりとした風を受け、エドは大きく息を吐いた。 「…にしても、動かねぇな」 「うん」 透かさずアルが答える。 「そろそろ接触してきてもいいのに。警戒してんのか?」 「大佐達の見張りもついてないみたいだし、チャンスなんて幾らでもあると思うけど」 「だよなぁ」 うーん、と二人は考え込む。 未登録が入院していた時のように、強引にでも連れ去りに来ると思っていたのだ。 だが、組織が動く気配は無かった。 縞模様のテントの下、慣れた様子で接客するウィンリィの傍らに、ぎこちなく手伝う未登録の姿があった。 訪れる客が次々と菓子を買っていく。 誘われるまま出てきた未登録だが、今はまさかの店番中だ。 …ウィンリィだって、この街の人でもないのに。 その行動力に感服しつつ、テントの端にはためく旗を見やる。 描かれたマークが揺れ動く。 未登録や他の店員のエプロンにも、それが刷られていた。 店主は慈善活動家で、この店の収益も国内で紛争に巻き込まれた人の為に使われる。 そんな店だからか、未登録も身元を問われなかった。 資材の補充を頼まれた折、未登録はテントの奥に入り込んだ。 資材置き場には店員が一人おり、一足早く同じ作業をしている。 少し緊張する未登録に青年は微笑んだ。 「君、働くのこの店が初めてって聞いたけど」 訳があるのかと問われて面食らう。 しかし温和な雰囲気の為か、特に嫌な気持ちにはならなかった。 「少し事情があって」 セントラルに来てから、いつ、組織の誰の気が変わって死ぬとも限らなかった。 社会から隔絶された未登録には、今此処でこうしている事も夢のようだ。 「…生きてるのが、普通じゃなかったのかもしれません」 気づくと、未登録はそう呟いていた。 [page select] [目次] site top▲ ×
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